それは、彼女があやかしの錚々たる実力者たちから御朱印を賜り、あやかしの間で偉大な存在だと認識されたからだという。

 そんな伝説を知った伊吹と凛は、もし凛の正体がバレてしまったとしてもあやかしたちから一目置かれるように、かつての夜血の乙女と同じく御朱印を集めることにしたのだった。

 しかし、まだ凛が集めた御朱印はたったのふたつ。しかもここ数週間、御朱印集めは進んでいない。

「それが、最近鬼の若殿としての仕事が忙しくてな……。なかなか御朱印集めに奔走できないのだ」

 伊吹が申し訳なさそうな顔で鞍馬に答える。

 三月となり、人間界と同様に年度末のあやかし界。鬼の若殿としての職務に、伊吹は連日振り回されている。

 鬼の若殿は、人間で言うと自治体の首長のような立場らしい。

 鬼たちを統括し、他のあやかしとの間に起こったいざこざを解消するための道筋を示したり、鬼たちの立場が弱くならないよう法を整備したり……など、まさに鬼の長にしかできない職務内容だった。

 ちなみに、現在の鬼の長は伊吹の父親だが、遠方で別居しているため凛はまだ会ったことはない。

 伊吹は『父上はのんびり屋で、すでに隠居しているようなものだからなあ。俺にほとんど長の仕事を押しつけているんだよ』と、ぼやいていた。

「あー、そっかあ。三月はいつも伊吹忙しいもんね」

「もう少ししたら落ち着くのだが。すまないな、凛」

「……いえ」