実際、伊吹がいる前では(あや)しく迫るようなことをのたまう鞍馬ではあるが、伊吹がいない時にはそんな言動をする場面はほとんどなく、同年代の友人のように気安く振る舞ってくれている。つまり、鞍馬が繰り出す凛へのちょっかいは、おふざけに過ぎないのだろう。

 その後、朝食のために居間へと続く廊下を進む三人。その途中で、凛はひとり台所へと寄る。

 台所では、伊吹の従者の国茂(くにしげ)がせわしなく動いて朝食の支度をしていた。

 国茂は猫又のあやかしで、ふさふさの尻尾が二股に分かれている。

 人間界でよく見かけるような黒白のハチワレ柄の猫が、作務衣を着て立って歩く姿が愛らしい。

「おはよう、国茂くん。なにかお手伝いすることはない?」

 国茂に近寄って、話しかける。

 国茂は振り返ると、首を横に振りながら微笑んだ。尻尾は機嫌よさそうにゆらゆらと揺れている。

「おはよう、凛ちゃん。毎朝気遣ってくれてありがとう。俺のことはいいから、伊吹や鞍馬と一緒に居間で待っていておくれ」

「……わかった」

 食事に限らず、洗濯や掃除など他の家事も、国茂が忙しそうにしている時にはいつも手伝いを申し出るのだが、毎回断られてしまうのだ。

 そして朝食の席でも、国茂は旅館さながらの品数の多い御膳を提供し、食べ終えた後の熱々のお茶もすかさず凛の眼前に差し出すのだった。

 国茂としては、凛は主の嫁なのだから手を煩わせるわけにはいかないと考えているのだろう。

 しかし、こうも四六時中至れり尽くせりだと凛はどうしても申し訳ない気持ちになる。