「凛のお願いなら、すべてを投げうってでも聞く覚悟だと言っただろう? 武士に二言はないさ」

「ありがとうございます!」

 凛のサラサラの髪を撫でながら伊吹が優しく微笑むと、凛は涙ぐんで喜ぶ。よっぽど深く望んでいたのだろう。

「ただ申し訳ないが、仕事先は俺に任せてくれないか? できるだけ危険が少ない場所がいいだろう」

 自由に選ばせてやりたいが、凛の正体を考えるとさすがにそれは危険極まりない。

「はい、私を受け入れてくれる場所でしたら、どこでも構いません。伊吹さん、ありがとうございます!」

 嬉々(きき)とした面持ちの凛。

 彼女にとって勤務先はさして重要なポイントではなかったようで、伊吹は安堵した。



 伊吹から労働の許可を得た後、畳に並べた二組の布団に入り、部屋の明かりを消す。

 伊吹の大きな手のひらが凛の布団の中に入ってきて、凛の手のひらをぎゅっと握りしめてきた。

「……伊吹さん?」

 すぐ隣の布団に入っている伊吹の方に首を向けると、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。

「働けると素直に喜ぶ凛がとてもかわいくてな。つい、触れたくなってしまった。……嫌か?」

 凛は勢いよく首を横に振る。

「い、嫌だなんてとんでもありません。伊吹さんの手、すごく温かいです」

 ひと回り以上大きな手に包み込まれる感覚は、深い安心感を凛にもたらした。

「そうか、よかった。本当は抱擁したいところだが、さすがにこの状況ではいろいろ抑えきれなくなりそうだからなあ」

 伊吹が悪戯(いたずら)っぽく笑う。

 確かに、手のひらの温もりだけでも十分すぎるくらいなのに、もしここで抱きしめられたりでもしたら。