「それで、このお家のお仕事は国茂くんで事足りているようなので、そうなるとどこか外でと考えたのです」

「……なるほど」

 凛の言う通り、この家の雑務は国茂がこなしている。彼には彼のペースがあるようで、人に手伝われることを好まないらしい。

 以前休日だった時、窓拭きをしている国茂に『俺も一緒にやろうか?』と伊吹が尋ねたら、『自分で順番を考えてやっているから、なにもしないでおくれよ』と断られた経験がある。

 凛もちょくちょく手伝いを申し出ているようだが、毎回拒否されているらしかった。

「しかし、働くか……」

 眉間に(しわ)を寄せて、伊吹は(つぶや)いた。凛を外で働かせると考えるだけで心配でたまらなくなる。

 ただでさえ誰にも指一本触れさせたくないくらい、かわいく愛しい嫁であるというのに、その上人間なのだ。

 もし、不測の事態が起こり凛の正体がバレてしまったら。魑魅(ちみ)(もう)(りょう)しかいないあやかし界では、凛の命に関わる事態になりかねない。

 できるなら、この家に生涯閉じ込めておきたい。

 凛に対する執着心、他者への嫉妬心、彼女を心配に思う気持ちが絡み合って、伊吹の中にはそんな想いすらある。

 一方で、凛の意思を尊重したいという気持ちも強くあるのだ。

 夜血の乙女と発覚するまで自分の意志すら持つことを許されず、この屋敷に訪れた際も伊吹のされるがままでしかなかった凛が、勇気を振り絞って申し出てくれた。

 ――これはきっと、喜ばしい進歩なのだ。

「わかった。働いておいで、凛」

「本当ですか!?」

 凛は瞳をパッと輝かせた。