「あの、私……どこかで働きたいんです!」

「……へっ?」

 勢いよく放たれたのが想像の(はる)か斜め上を行く内容だったので、伊吹は間の抜けた声を出してしまった。

「私には特殊な技能がないので働き口は限られてくるとは重々承知ですが、料理や裁縫、雑用ならなんとか誰かのお役に立てるかも……」

 虚を衝かれた伊吹のことなどつゆ知らず、凛がいつものように控えめな口調で付け足す。

 ――俺はなにを考えてるんだ。馬鹿か。

 肩を落とす伊吹。ひとりわくわくと興奮していたのに、肩透かしを食らって軽く落ち込んでしまった。

 さすがに伊吹の異変に気づいたのか、凛は小首を傾げた。

「あれ伊吹さん、どうしたんですか?」

「な、なんでもないぞ! ……しかし、どうして働きたいのだ? うちには、君が労働にいそしまなくても十分なくらいの財産はあるのだが」

 気を取り直して伊吹が尋ねると、凛は真剣な面持ちで答えた。

「それはもちろん承知しておりますし、ありがたいと常に心得ています。ですが、ただ面倒を看てもらってなにもしないだけの自分が情けなくて……。ここに来る前は自分の意思もなく働かされる毎日でしたが、いざなにもしなくてよい、となるとそれはそれで手持無沙汰なのです」

 家族に疎まれていた凛は、生家では幼い頃から奴隷のように働かされていた。過去に伊吹もその場面は目撃しており、目を覆いたくなるような扱いだった。

 だからこの家ではのんびりと穏やかに、悠々自適に暮らしてほしい、と伊吹は願っている。

 ――生真面目で心優しい凛のことだ。なにもしない、というのもストレスなのかもしれないな。