恋の駆け引きを知らない、純粋な凛だからこそ発せられるそのひと言は、毎回伊吹の心臓に甘い衝撃を与えるのだった。

 早く多忙な時期を乗り越えて、凛と一緒に過ごす時間を増やしたいものだ、と伊吹が思っていると。

「……あのう、伊吹さん」

 凛がもじもじとした様子で、どこか言いづらそうに言葉を紡ぐ。本人は意図せずにやっているのだろうが、上目遣いの潤んだ瞳がなんとも愛らしい。

「どうした?」

「実はちょっと、お願いがありまして」

「凛のお願いなら、すべてを投げうってでも聞く覚悟だ」

「……伊吹さんってば」

 大げさな伊吹の物言いを、凛は冗談に受け取ったのだろう。しかし、紛れもなく本心だ。

「それで、お願いとは?」

「えっとですね……」

 なかなか打ち明けづらい事柄なのか、凛は言葉を選んでいるようだった。

 いったいなんなのだろうと伊吹が凛のお願いをいろいろ想像してみると。

 ――もしや、そろそろ夫婦の営みを!?

 初心(うぶ)な凛が口にするのをはばかるようなこと……と思案しているうちに思い当たった。
 しかし、いまだに唇同士の触れ合いすら(ちゅう)(ちょ)するような凛なのだから、いきなりそんなお願いをするわけはない。

 伊吹の冷静な部分はそう主張するが、『いや、可能性がゼロなわけではないではないか』と、凛にぞっこんな伊吹が突っぱねる。

 愛する凛を前にすると、伊吹はどうしても冷静さが平常の三割減になってしまう。彼女をかわいく思うあまり、あらぬ方向に期待を抱いてしまいがちなのだった。

「ど、どうした。言ってごらん」

 動揺を必死に抑えつつ、伊吹は凛を促す。