()(ぶき)はそっと(りん)の頬に手を添えた。目を細め、とても優美麗に、しかしどこか色気のある笑みを浮かべる。

 濃い赤色の光が煌々(こうこう)と宿る宝石のような双眸(そうぼう)に、形のよい()(りょう)と薄いが艶めかしい唇。

 彫刻さながらの完璧な美しさを誇る伊吹の顔立ちには、何度目にしても凛は圧倒されてしまうのだった。

 凛は反射的に瞳をぎゅっと閉じた。毎朝の恒例行事だというのに、どうしても毎度緊張してしまうのだ。

 毎朝の恒例行事、それは伊吹による凛の頬への口づけ。凛は目をつむったまま、伊吹の唇が触れるのを待つ。

「……?」

 頬への柔らかい感触がしばらく感じられず、凛は目を開けた。すると、ほぼ同時に伊吹が凛の耳元で甘く(ささや)く。

「そろそろ、凛の唇に触れたいのだが」

 凛の心臓が大きく鼓動した。

 恋人や夫婦という関係ならば当たり前の行為である、唇と唇同士の接吻(せっぷん)

 しかし、この世に生を()けてから二十年もの間、家族からの愛情すら知らなかった凛にとってはあまりにハードルが高い。ほんのり赤く染まっていた頬は、いよいよ真っ赤になってしまった。

「あの、えっと……」

 なんとか自分の気持ちを言い表そうとするけれど、うまく言葉が出てこない。

 伊吹の口元から「ふっ」と小さな笑い声が漏れた。そして狼狽(ろうばい)する凛の頬に、いつものように優しく唇をつけた。

「すまんすまん。凛の準備ができるまでは、いくらでも待つと言ったのに。なんだか今日の凛がやたらと愛おしく見えたものでな。いや、いつも最高に愛おしいのだけど」