懐中時計をポケットから取り出しポーズするためなのか、コートは肘に引っかかり、半分は背後に生地が持って行かれて見えていない。
そんな形で、懐中時計の蓋を開いて覗き込む様なポーズを取っているのだ。
細身で、細面。40代くらいだろうか。かなり小洒落た感じの都会的な男性に見える。残念な事に、帽子のせいで顔に影が入りよく顔が見えない。
「へぇ、格好いいね」
「だろう、アタシャ、父親が自慢だったんだよ」
「でも、お祖母ちゃん全然似てないね」
「大きなお世話だよ、姉さんと、川崎の弟は父親に似て得してるのがアタシャ気に入らないんだ」
そう言われて、珠美佳は近くに住む祖母の姉と、時々会う祖母の弟を思い出してなるほど、と頷く。二人とも、端正な顔付きで美男美女という感じだ。
「姉さんは、色白で美人だったから由比小町とか言われてね。アタシャ、色黒で誰も見向きもしないし・・・ってそんなことどうでもイイだろう今更」
仏頂面の祖母を、なだめる為に話しを元に戻す。
「で、お祖母ちゃんのお父さんって、いつまで生きてたの」
「ああ、アタシが13の時に倒れてそのまんま。朝は元気だったんだよ、職場で倒れたらしくて。大手鋼管会社に勤めてたんだけどね、アタシの職場に連絡があって『サカヱちゃんお父さんが亡くなったって、早く帰りなさい』って言われてね。あの時は、本当に悲しかったよ」
「それで、その会社で倒れた時に下敷きか何かになったのね・・・これ」
懐中時計を見ながら、珠美佳は言う。
「そうだよ、でもアタシからしたら父親を1番感じられる品がこれでね。いつか修理して貰って動かしたいと思って手元に置いて置いてあるんだよ」
サカヱは「よいしょ」っと立ち上がると、夫の位牌をよけて、奥に写真と懐中時計を入れ。それを隠すように、夫の位牌を戻した。どおりで、今まで珠美佳が、懐中時計と写真の存在に気がつかなかった筈だ。
サカヱは机の上に置かれた金柑湯を一口飲むと「砂糖をケチってる、甘く無い」文句を言いつつ、湯呑みを戻す。そして、座ること無く桐箪笥の上の引き違いの扉を開けると中から黒皮のノートサイズの物を取りだした。
それを、無造作に珠美佳に放り投げると「よいしょ」と声を出して座布団の上に座り、彼女から黒皮表紙のそれを奪い取ると机の上に開いた。
「あっ、それアルバムだったの」
「何だと思ったんだい、アルバムにしては小さいって思ったのかい。昔の写真は小さかったからね、アルバムはこの大きさで十分さ」
確かに、アルバムの中にある写真は手の5センチ×3センチ程度の小さな物が多く。大きい物でも、現在のL版程度の物ばかりだ。写真の隅に三角形の黒い紙を被せて台紙に貼り付けるタイプの様だ。三角の紙の裏にノリが付いているのだろう。現在の台紙そのものが粘着する形とは全く違う。
珠美佳は、祖母の兄弟姉妹は顔を合わせたことのある人しか知らない。
「子供がいっぱいだね」
子供達の集合写真らしき物を見て、彼女は言う。そこには4人の子供が映っていた。
左端の子は2歳くらいだろうか。隣りのセーラー服の7、8歳くらいのオカッパの女の子と同じく白いエプロンを着けている。女の子の後ろには、その子と同じくらいの年齢の男の子が立ち、その横に背の高い坊主頭の学生服の男の子が立っている10歳くらいだろうか。
「昔は子供が多かったからね、アタシだって8人兄弟だから」
「嘘、そんなにきょうだいが多いの」
「普通だよ。亡くなったお祖父さんは2人兄弟だからその方が珍しい時代だよ」
「じゃあ、ここに映ってない兄弟もいるってこと」
「そうさ、アンタの知っている姉さんが1番上で10歳以上違うからね。気がついた頃には、嫁に行ってたからね」
「へえ・・・」
興味津々で、彼女は祖母のアルバムをめくり続ける。細かい花柄ワンピースに素足、片手に袋を持ってツバの広い帽子を被って向日葵の様に微笑む15歳くらいの祖母。
祖母の同僚という女性達は、皆10代でサンダルや、下駄に、風呂敷という出で立ちだが。全員がスカートにブラウス、ワンピースという昭和10年代にしてはハイカラな服装で見応えがある。
珠美佳が想像した昭和10年代というと着物に下駄、大人の女性は日本髪を結っていてという感じだったが。都会の少女達は、普通に髪を下ろし、三つ編みをしたりして、麦わら帽子や、サンダルを履いて海水浴に出掛けたりしている。
祖母の子供の頃が、自分と何一つ変わらない事に目を丸くした。
「ああ、これは電車で上司に連れられて女工さん達で海水浴に行った時さ。で、上司の持っていたカメラで撮影してもらったんだったね。懐かしいねえ」
そんな風に目を輝かせながら語る祖母に、少女時代の面影が見える様な気がした。
「でもさあ、お祖母ちゃん。この頃って、着物に日本髪ってイメージしかないんだけど」
「馬鹿だねえ、お前は。大正時代から、都会では洋服は珍しく無かったはずだ」
なにかを思い出したのか「そういえばこの辺に」と先ほどアルバムを持ち出した場所をまたサカヱはゴソゴソと探し出す。
その間も、祖母のアルバムを眺めながら「どれがお祖母ちゃんだろう」と面影を探す彼女。
しばし、アルバムに夢中になっていると
「あったよ、記憶は正しかったね」
そんな形で、懐中時計の蓋を開いて覗き込む様なポーズを取っているのだ。
細身で、細面。40代くらいだろうか。かなり小洒落た感じの都会的な男性に見える。残念な事に、帽子のせいで顔に影が入りよく顔が見えない。
「へぇ、格好いいね」
「だろう、アタシャ、父親が自慢だったんだよ」
「でも、お祖母ちゃん全然似てないね」
「大きなお世話だよ、姉さんと、川崎の弟は父親に似て得してるのがアタシャ気に入らないんだ」
そう言われて、珠美佳は近くに住む祖母の姉と、時々会う祖母の弟を思い出してなるほど、と頷く。二人とも、端正な顔付きで美男美女という感じだ。
「姉さんは、色白で美人だったから由比小町とか言われてね。アタシャ、色黒で誰も見向きもしないし・・・ってそんなことどうでもイイだろう今更」
仏頂面の祖母を、なだめる為に話しを元に戻す。
「で、お祖母ちゃんのお父さんって、いつまで生きてたの」
「ああ、アタシが13の時に倒れてそのまんま。朝は元気だったんだよ、職場で倒れたらしくて。大手鋼管会社に勤めてたんだけどね、アタシの職場に連絡があって『サカヱちゃんお父さんが亡くなったって、早く帰りなさい』って言われてね。あの時は、本当に悲しかったよ」
「それで、その会社で倒れた時に下敷きか何かになったのね・・・これ」
懐中時計を見ながら、珠美佳は言う。
「そうだよ、でもアタシからしたら父親を1番感じられる品がこれでね。いつか修理して貰って動かしたいと思って手元に置いて置いてあるんだよ」
サカヱは「よいしょ」っと立ち上がると、夫の位牌をよけて、奥に写真と懐中時計を入れ。それを隠すように、夫の位牌を戻した。どおりで、今まで珠美佳が、懐中時計と写真の存在に気がつかなかった筈だ。
サカヱは机の上に置かれた金柑湯を一口飲むと「砂糖をケチってる、甘く無い」文句を言いつつ、湯呑みを戻す。そして、座ること無く桐箪笥の上の引き違いの扉を開けると中から黒皮のノートサイズの物を取りだした。
それを、無造作に珠美佳に放り投げると「よいしょ」と声を出して座布団の上に座り、彼女から黒皮表紙のそれを奪い取ると机の上に開いた。
「あっ、それアルバムだったの」
「何だと思ったんだい、アルバムにしては小さいって思ったのかい。昔の写真は小さかったからね、アルバムはこの大きさで十分さ」
確かに、アルバムの中にある写真は手の5センチ×3センチ程度の小さな物が多く。大きい物でも、現在のL版程度の物ばかりだ。写真の隅に三角形の黒い紙を被せて台紙に貼り付けるタイプの様だ。三角の紙の裏にノリが付いているのだろう。現在の台紙そのものが粘着する形とは全く違う。
珠美佳は、祖母の兄弟姉妹は顔を合わせたことのある人しか知らない。
「子供がいっぱいだね」
子供達の集合写真らしき物を見て、彼女は言う。そこには4人の子供が映っていた。
左端の子は2歳くらいだろうか。隣りのセーラー服の7、8歳くらいのオカッパの女の子と同じく白いエプロンを着けている。女の子の後ろには、その子と同じくらいの年齢の男の子が立ち、その横に背の高い坊主頭の学生服の男の子が立っている10歳くらいだろうか。
「昔は子供が多かったからね、アタシだって8人兄弟だから」
「嘘、そんなにきょうだいが多いの」
「普通だよ。亡くなったお祖父さんは2人兄弟だからその方が珍しい時代だよ」
「じゃあ、ここに映ってない兄弟もいるってこと」
「そうさ、アンタの知っている姉さんが1番上で10歳以上違うからね。気がついた頃には、嫁に行ってたからね」
「へえ・・・」
興味津々で、彼女は祖母のアルバムをめくり続ける。細かい花柄ワンピースに素足、片手に袋を持ってツバの広い帽子を被って向日葵の様に微笑む15歳くらいの祖母。
祖母の同僚という女性達は、皆10代でサンダルや、下駄に、風呂敷という出で立ちだが。全員がスカートにブラウス、ワンピースという昭和10年代にしてはハイカラな服装で見応えがある。
珠美佳が想像した昭和10年代というと着物に下駄、大人の女性は日本髪を結っていてという感じだったが。都会の少女達は、普通に髪を下ろし、三つ編みをしたりして、麦わら帽子や、サンダルを履いて海水浴に出掛けたりしている。
祖母の子供の頃が、自分と何一つ変わらない事に目を丸くした。
「ああ、これは電車で上司に連れられて女工さん達で海水浴に行った時さ。で、上司の持っていたカメラで撮影してもらったんだったね。懐かしいねえ」
そんな風に目を輝かせながら語る祖母に、少女時代の面影が見える様な気がした。
「でもさあ、お祖母ちゃん。この頃って、着物に日本髪ってイメージしかないんだけど」
「馬鹿だねえ、お前は。大正時代から、都会では洋服は珍しく無かったはずだ」
なにかを思い出したのか「そういえばこの辺に」と先ほどアルバムを持ち出した場所をまたサカヱはゴソゴソと探し出す。
その間も、祖母のアルバムを眺めながら「どれがお祖母ちゃんだろう」と面影を探す彼女。
しばし、アルバムに夢中になっていると
「あったよ、記憶は正しかったね」