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夜、外がやけに騒がしくて目が覚める。
部屋の外から、慌てる声や怯える声など混乱している者がほとんどで、何が起こっているのかまるで分からない。
「あやかしの奇襲だー!」
唯一聞き取れた言葉に、耳を疑う。
──あやかし!?
文月は急いで立ち上がり、窓から外をのぞく。
あまり多くのものは見えないが、どうやらあやかしがいることに間違いないようだった。
あやかしには、それぞれの特徴が現れるので見分けがつきやすい。
猫又、妖狐、鬼などがいる。空を飛んでいるのは天狗だろう。
──うそ、あれは……!
はっきりと見えずとも分かる。
太陽のように輝かしい白金の瞳の男。
あれは、龍のあやかしだ。
「まさか、龍水家の当主までいるなんて……」
否──少し考えたら分かることだろう。
あやかしの君主が動かなければ、ここまであやかしが攻めてくることはない。
相手は、文月の視線に気づいたのかこちらを見てきた。
その瞬間、相手と目が合ってしまい、逃げるようにしてその場から離れる。
──大変だわ。こちらに来てしまう!
外から文月の部屋までは、そこまで距離はないので、場所さえ分かればすぐに来られる。
しかし、文月には部屋を出ることが出来ないので、逃げるすべがなかった。
ドンドンと、大きな音で扉を叩く音が部屋に響く。
「お嬢様! お嬢様!」
「り、輪……?」
文月は扉を開けて、輪を入れる。
「お嬢様、早く逃げましょう! もうあやかしがそこまで──」
「動くな!」
輪の言葉も虚しく、先程目が合ってしまった龍のあやかしが、もうこの部屋まで来てしまった。
文月と輪は、同時に肩を震わせる。
「そこの娘は、一条家の者だな?」
相手の男は、瞳の色を見て判断したのだろう。
文月は身体を震わせながら、輪の前に立つ。
「ええ。そうです」
「お、お嬢様……」
「死ぬ覚悟は?」
目の前に、刀が突き立てられる。
もう殺されるのは決まっているようだ。
「…………できて、おります」
死ぬのなら、潔い方がいいだろう。
「ほう?」
「ですが。どうか、彼女は殺さないでください」
真っ直ぐと、男の目を見据える。
「……何故、使用人をかばう?」
「この屋敷の中で私の、唯一の味方でしたから」
──どうして、そんなことを聞くの? 早く殺せばいいのに。
そう思った瞬間、男は刀を鞘にしまった。
心做しか、少し笑っているようにも見えた。
そのことにわずかに驚き、目を瞠ったものの、恐怖心と安堵が一気に押し寄せてきて、その場にへたりこんでしまった。
「お嬢様!」
輪が、すぐさま横に駆け寄って来る。
「申し訳ございません。お嬢様! 私が着いておりながら……」
涙を流す輪に、文月は首を横に振った。