「文月! 文月はいないの!?」
聞きたくない声が、扉越しから聞こえる。
──いつもいると分かってて言ってるのよね……。暇なのかしら。
文月は扉を開けて、決して部屋から出ないように、彼女の前に出る。
義母に似た金髪に、綺麗とは少し言い難い金色の瞳。
「ここにおります。沙耶お義姉様」
「あら、いるんじゃない。相変わらず汚いわね」
──そうさせたのは、貴女の父親ですけど。
しかしそれを言うわけにもいかないので、「申し訳ございません」と棒読みと分からない程度に謝る。
数人の使用人が、心配そうに集まってくる。
しかし、彼らは表立って助けることはない。
それでも、裏では幾度も助けられているので、これ以上なにか望むことはない。
「ふんっ。自分の立場を弁えてはいるようね」
「もちろんでこざいます」
沙耶は、自分よりも美しい瞳を持っている文月を嫌っている。
同じ父を持つのに、なぜああも瞳が違うのかと。
──この家はお義兄様が継ぐのだから、私の存在など無いものと思えばいいのに……。
わざわざ、この部屋まで寄って、鬱憤を晴らすのも大概にしてほしい。
「私の前では絶対に目を開かないで」
「心得ております」
沙耶は小さく舌打ちをすると、文月を強く睨んだ。
「忌々しい妾の子の分際で……。私よりも美しい金色を持つなんて」
「…………」
そう言って、苛立ちを隠さず沙耶が部屋を去ったあと、使用人達がわらわらと集まる。
「申し訳ございません。お嬢様……」
助けられなかったのを悔やむように、使用人達が頭を下げる。
「いいの。貴女たちは十分私を助けてくれているから、気にしないで」
──暴力が無かっただけいい方ね。
酷い時には、冬の寒い日に冷えた氷水をかけられたり、少し近づいたというだけで、石をぶつけられ、殴られたこともある。
今日は軽い悪口だけで済んだので、文月は心の中で安堵した。