夕食を終えたあと、文月は夜宵と庭を歩いていた。

「外はまだ冷えるな」
「そうですね」

外へ出る際、優依と華が羽織を持ってきてくれた。
そのおかげで、寒さをしのげている。

──別の理由もあるけれど……。

ちらり、と横にいる夜宵の顔を見上げる。

文月の手を引いて、歩調を合わせて歩いてくれる気遣いと、星空と月が背景になった夜宵の姿が美しくて、つい見惚れてしまう。

握られている左手が熱くて、心臓はおかしなくらい音を上げている。

「どうかしたのか?」
「あ、いえ……! なんでもありません」

少しずつ、夜宵が連れて行こうとしていた場所が分かってける。

「もうすぐだ」
「あ……」

目の前にあるのは、大きな桜の木。

沢山の花びらが、宙を舞っている。
しかし桜は散ることも枯れることもなく、咲き続けている。

今まで、離れたところから見たことはあったが、こんなに近くで見る機会はなかった。

──遠くから見ても思っていたけれど、とても綺麗だわ。

ふと、隣にいる夜宵がどんな風に桜を見ているのか気になり、目を向ける。

「!」

夜宵はこちらに顔を向けて、柔らかく微笑んでいた。

「文月」

低いけれど、優しい声色の落ち着いた声に名を呼ばれる。

「は、はい」

今まで、名を呼ばれることなど特に意識してこなかったからか、今は何故か無性に恥ずかしい。

「……なんと、言えばいいのか。思いを伝えるのがこんなに難しいとは思わなかった」
「思い……?」

この先のことなど、何も知らないのに、どうしてか心臓が早鐘を打っている。

夜宵に握られている両手が、とてつもなく熱い。

「俺と婚約をしてほしい」
「…………」

文月は一瞬、思考が停止してしまった。

──婚約……。

「そ、それはつまり……私が夜宵さまと、結婚を前提に……」
「ああ。そうだ」

それを理解した途端、顔が熱くなっていく。

「で、ですがあの、私は夜宵さまのお隣に立てるような容姿はお持ちしておりません。勉学の方も……。作法だってほとんど知りません……」

自分で事実を言っているのに、段々と目が下を向いていく。惨めな自分が、嫌になってしまう。

「俺は君がいい。他の誰でもない、君が」

夜宵の言葉に、文月は少し驚いて顔を上げた。

「君は俺と夫婦(めおと)になるのは、嫌か?」

文月は首を横に振る。

「嫌なはずがありません。私は夜宵さまと夫婦になたいです」

ハッとして、自分が言ったことに驚く。
無意識で言ったが、自分はこんなに夜宵のことを思っていたのかと。

「そうか」

目の前の彼は、目尻を下げ、目を細めてとても嬉しそうに微笑んでいた。

──ああ。何を迷うことがあったのだろう。自分の気持ちはもう、分かっていたのに。

文月は夜宵の顔を見て、笑みを浮かべる。

「好きだ。文月」
「私も、お慕いしております。夜宵さま」

ふたりは微笑み合い、花びらが舞う桜の木の下で愛を誓った。




【終】