「そういえば、天紀様が来てはりませんね」
「あ、天紀様はどうしても外せないお仕事があるそうで……。昨夜、天紀様からお手紙が届きました」
本来、今日は四人でお茶をする予定だったのだが、天紀は仕事の都合で来られなくなってしまった。
「天紀様。最近、せつろしいですな」
「せつ……?」
「あっ、忙しいという意味です。……申し訳ありません。直そうと頑張っとりますけど、中々抜け出せないとです。これでも、幾分良くなった方なんですけど」
すると、文月の横に座っていた咲夜子が「ほんとよ〜」と和菓子を口に入れながら話す。
「玉藻ちゃん、初めて会った時はなんて言ってるのか分からないくらいだったわ。でもね、旦那さんに一目惚れして、必死にお勉強したのよ」
「さ、咲夜子様! そんなに言いひんといてください!」
見ると、玉藻の頬が赤く染っている。
「だけど玉藻ちゃん、お酒を呑んだら戻ってるわ。旦那さんも時々混乱してるもの」
「いややぁ……。恥ずかしい……」
頬だけでなく、顔まで赤く染っている。
お酒を呑んで、旦那様に醜態を晒してしまっているのが恥ずかしいのだろうか。
──玉藻様は、とても可愛らしいから、きっと旦那様とも相思相愛よね。
結婚どころか婚約もしたことがない文月には、まだ彼女たちの心は分からない。
だけどもし、夫となるひとなら……と考えた時、夜宵の顔が脳裏に浮かぶ。
ハッとして我に返り、顔が熱くなっていることを自覚する。
ふと、いつの間にかふたりの視線がこちらに向いていた。
「あら、ふふっ。顔が赤いわよ。文月ちゃん」
「え、あ、あの、そんな、夜宵さまのことを考えていたわけでは……」
「まだ何も言っておりまへんよ?」
「あ……」
咲夜子はにこにこと微笑み、玉藻は興味津々の表情でこちらを見つめてくる。
『騒がしいのぅ』
文月の膝の上で、眠っていた白兎神は口を開けてくぁ、と小さな欠伸をした。
「あ、すみません。白兎神様。起こすつもりはなかったのですが……」
『良い。起きようと思っていたところよ』
「あら。その方が白兎神様?」
「可愛らしいですね」
──そういえば、白兎神様は女性になるのかしら?
深く考えたことは無かったが、少し気になる。
『言っとくが、妾は一応女子じゃ。動物の神にも性別くらいはある』
「ど、どうして私の考えていることが……?」
『文月の中におったからの……。それにしても、大丈夫なのか?』
白兎神の言葉に、文月は首を傾げる。
何か心配事でもあるのだろうか。
『あの妖狐は信用してよいのか? それと、今日は来ていないようだが、あの天狗の娘も』
白兎神は文月にだけ聞こえるよう、小さな声で話す。
「大丈夫ですよ」
『……なぜそう言えるのじゃ?』
怪訝そうに、文月を見つめる。
文月は微笑みながら、目の前で愉しそうに話している玉藻を見る。
「玉藻様と天紀様は、私がこの国に残ることに賛同し、協力してくださいました。玉藻様は旦那様が半妖だということもあるかもしれませんが、私はそれがとても嬉しかったのです」
『…………』
「ですから、私はおふたりを信頼しております」
少しの沈黙の後、白兎神は『ふん』と鼻を鳴らした。
『信用と信頼は別じゃ』
「もちろん、信用もしています」
『……なら良い』
白兎神はどこか安心したような表情をして、また文月の膝の上で眠りについた。