『妾は、大己(おおな)家を守護していた白兎神(はくとしん)じゃ』
「か、神様なのですか……?」
『左様』

驚きで戸惑いを隠せない。
しかし、兎から感じられるただならぬ雰囲気からして、本当なのだろう。

「か、神様がどうして私を助けてくださったのですか?」

理解が追いつかず、頭が困惑している。

『お主が大己家の人間の血を引いとるからよ』
「大己家……? も、もしかして、お母様の?」
『ああ。だが、幼いお主を守ることが出来なかった……。すまぬ』

白兎神の言葉に疑問を持つ。
白兎神は、幼い頃の文月を知っていたのだろうか。

『お主が今よりもまだ幼い頃から身内から折檻を受けていたことを知らず、妾はお主の体の中で眠っておったのだ』
「眠って……えっ?」
「おそらく、文月の母がお前を眠らせたのだろう」
『お前は何でも知っとるな』
「大己家の存在はあやかしの俺でも知っている。滅んだのが惜しいくらいだ」

夜宵はお茶を飲みながら、淡々と話す。

「まあ、他の家はそれが気に入らなかったのだろうな。大己家は相当強い異能の力を持っていたらしい。その上に神に守られているとなれば、滅ぶのも無理はないな」
『……大己家を守れなかったのは妾の失態。せめて、唯月やお主だけでも守ろうとしたのだが……。唯月は妾を眠らせたのじゃ。おそらく、妾の存在や文月の異能に気づかれないようにな』
「私の異能……?」
『気づいていなかったのか。変なところが母娘(ははこ)そっくりじゃな』

──私に異能が……?

信じられず、つい知らずのうちに訝しげな顔になっていたのかもしれない。
それに気づいた夜宵が、口を開いた。

「信じられないか?」
「正直に言うと……。私に、異能はないと思っていたので」
『唯月が守っておったのだ。異能と妾の存在に気づかれんようにな』

そう言う白兎神だったが、『異能や自分の存在くらい妾でも隠せるのだがな』と不服そうに言っていた。

「お話の意味は分かりました。ですが、もうひとつだけ、気になることがあります」
「なんだ?」
「……私は、この国に……ここにいてよろしいのでしょうか……?」

本当は聞きたくない。でも、知っておかなければならない。自分の処遇を。
文月は、自分を奮い立たせた。

「当たり前だ。君には、ここにいてほしい。それとも、俺といるのは嫌か?」
「いいえ。そんなはずありません!」

ふ、と夜宵は目を細めて「そうか」と微笑んだ。

「ですが他のあやかしの方々は、それでよろしいのでしょうか?」
「ああ。納得してくれている。……もっとも、口答えをしてくるものは、俺が許さないがな」

途中からの言葉が聞こえず、首を傾げる。

「?」
「なんでもない。気にするな」
『……春よのぅ』

いつの間にか、文月の膝の上に戻り丸くなっていた白兎神が半ば呆れ声で小さく言った。