◇◇◇



「夜宵様! 文月様の居場所が分かりました!」
「本当か?」
「はい。やはり、夜宵様の仰っていた通りでした」
「そうか。すぐに向かおう。彼らにもすぐに伝えてくれ」

あやかし達には優依と華の尽力と玉藻の説得のおかげで、協力を要望することが出来た。

──まさか弧燁が、真っ先に手を貸してくれるとは思わなかったな……。

「すぐに手配致します」
「ああ。頼んだ」

碧生を見送り、夜宵は外に出て馬の準備をする。

「どうか無事でいてくれ。文月……!」

夜宵は掠れた声で、大切な人の名を呼ぶ。

──いつから、俺は文月を……こんなに、思うようになったのだろうか。

初めはただ、彼女の芯の強さに少し興味を持っただけだった。結婚を申し込んだ理由の大半もそれだ。

それなのに、彼女の微笑む表情を初めて見てから、胸が締め付けられるような感覚がした。
困った表情、少し驚いたような表情を見る度、もっとたくさんの表情が見たい、そう思うようになった。

──この思いは、きっと……。



◇◇◇



「夫婦の、契り……」
「そう。外の世界をあまり知らない文月ちゃんでも知ってるだろう? 夫婦(めおと)となるふたりが、盃を交わすものだよ」
「……い、や……」

喉が震えて、上手く声が出せない。それでも必死に喉を振り絞って否む声を出した。

しかし彼は、文月の言葉など聞こえていないかのように、徳利から盃へ酒を注いでいる。

「大丈夫だよ。心配しないで。これさえ飲めば、君は僕のことしか見えなくなる。僕のことしか愛せなくなるんだから」

文月は首を横に振る。
もはや、為す術など無いのに、心のどこかで諦めきれない自分がいる。

目の前に、清酒の入った盃を差し出される。

両手首を縛られていては、口を閉じることしか抵抗が出来ない。
無理やり飲まされてしまえば、もう終わりだ。

「ほら、飲んで。文月ちゃん」

口を開けて、と優しい声音で言われる。
だけど決して口を開くことはない。
恐怖で目も開けられない。目尻に涙が溜まる。

「どうして? 僕はこんなにも、君を愛しているのに」

──嫌。誰か、助けて……。夜宵さま……!