運がいいのか、屋敷の使用人達は優しい人ばかりで、食事や使わなくなった日用品を分けてくれる。
文月が着ている着物も、女性の使用人から使わないからと分けてもらったものだ。
古く、傷んでいるところが多いが、服が着れるだけでもありがたい。
服は修復出来るのならしたいが、裁縫箱さえも部屋に持ってくるのが難しい。
彼女たちからこれ以上何かを貰うのも、申し訳ないし躊躇ってしまう。
──輪と彼女たちのおかげで、今私は生きていられる……。
生まれてから母はおらず、父とは会うことも許されなかった。
そしてこの部屋で育ったからか、物心ついた時に悟ってしまったのだ。
──ああ、わたしは、ひとりなんだ。家族と呼べる人などいないんだわ……。
それでも、文月にはこの家の人間である証拠があった。
文月の持つ瞳が、金色だということ。
金色の瞳は、一条家のみが持つ特別な瞳。
その色が美しい色ほど、次期君主としての器が大きいと言われている。
文月の金色は、とても鮮やかでこの家の誰よりも美しいのだが、父親がそれを良しとしなかった。
なぜなら、文月は妾から生まれたから。
母はそれはもう美しく誰もが惚れてしまう美貌の持ち主だったそうだ。そして母に惚れた父が一晩共に過ごしたそうだ。
その時にできたのが、文月だった。
なんと無責任なことだろう、と誰もが思だろう。
だが、使用人達が言うには少し違うようだった。
『旦那様と唯月様は共に愛し合っておられました。ですが、旦那様には奥様がおりますゆえ……。旦那様と唯月様は、共に過ごされることはあっても、それを表立って公表することはございませんでした』
本当かどうかは分からないが、彼らが言うには二人は愛し合っていたようだ。
しかし、母が身篭り衰弱していく姿を見るのが辛くなり、父は母から離れた。
そして文月が生まれ、母は亡くなった。
──あの人は私を恨んでる。私がお母様を殺したも同然だから。
文月を産んで、名前を言ったあとに力尽きてしまい、眠るように亡くなったそうだ。
『お嬢様はなにも悪うございません。悪いはずがございません。唯月様は、お嬢様に会えることを大層楽しみにしておられました。この命が尽きてもこの子を産みたいと、いつも言っておられました』
輪からその話を聞かされた時、母の愛を知って涙を流した。嬉しかったのだ。
文月の中に、母の記憶はないがちゃんと愛されていたのだ、と。
父からは恨まれ、義母と異母兄弟からは虐められて、家族には誰も味方がいないと思っていた。
いたのだ。知らなかっただけで。憶えていないだけで。
「ご飯ありがとう。美味しかったわ」
輪は頭を下げると、部屋から出た。
部屋に数冊だけ置いてある本の一冊を手に取り、読み始める。幼い頃から何度も繰り返し読んでいるせいか、所々擦り切れていた。
何度も読み内容を嫌というほど知っていても、暇を潰すにはこれくらいしかなかった。
文月が着ている着物も、女性の使用人から使わないからと分けてもらったものだ。
古く、傷んでいるところが多いが、服が着れるだけでもありがたい。
服は修復出来るのならしたいが、裁縫箱さえも部屋に持ってくるのが難しい。
彼女たちからこれ以上何かを貰うのも、申し訳ないし躊躇ってしまう。
──輪と彼女たちのおかげで、今私は生きていられる……。
生まれてから母はおらず、父とは会うことも許されなかった。
そしてこの部屋で育ったからか、物心ついた時に悟ってしまったのだ。
──ああ、わたしは、ひとりなんだ。家族と呼べる人などいないんだわ……。
それでも、文月にはこの家の人間である証拠があった。
文月の持つ瞳が、金色だということ。
金色の瞳は、一条家のみが持つ特別な瞳。
その色が美しい色ほど、次期君主としての器が大きいと言われている。
文月の金色は、とても鮮やかでこの家の誰よりも美しいのだが、父親がそれを良しとしなかった。
なぜなら、文月は妾から生まれたから。
母はそれはもう美しく誰もが惚れてしまう美貌の持ち主だったそうだ。そして母に惚れた父が一晩共に過ごしたそうだ。
その時にできたのが、文月だった。
なんと無責任なことだろう、と誰もが思だろう。
だが、使用人達が言うには少し違うようだった。
『旦那様と唯月様は共に愛し合っておられました。ですが、旦那様には奥様がおりますゆえ……。旦那様と唯月様は、共に過ごされることはあっても、それを表立って公表することはございませんでした』
本当かどうかは分からないが、彼らが言うには二人は愛し合っていたようだ。
しかし、母が身篭り衰弱していく姿を見るのが辛くなり、父は母から離れた。
そして文月が生まれ、母は亡くなった。
──あの人は私を恨んでる。私がお母様を殺したも同然だから。
文月を産んで、名前を言ったあとに力尽きてしまい、眠るように亡くなったそうだ。
『お嬢様はなにも悪うございません。悪いはずがございません。唯月様は、お嬢様に会えることを大層楽しみにしておられました。この命が尽きてもこの子を産みたいと、いつも言っておられました』
輪からその話を聞かされた時、母の愛を知って涙を流した。嬉しかったのだ。
文月の中に、母の記憶はないがちゃんと愛されていたのだ、と。
父からは恨まれ、義母と異母兄弟からは虐められて、家族には誰も味方がいないと思っていた。
いたのだ。知らなかっただけで。憶えていないだけで。
「ご飯ありがとう。美味しかったわ」
輪は頭を下げると、部屋から出た。
部屋に数冊だけ置いてある本の一冊を手に取り、読み始める。幼い頃から何度も繰り返し読んでいるせいか、所々擦り切れていた。
何度も読み内容を嫌というほど知っていても、暇を潰すにはこれくらいしかなかった。