また、目の前が暗くなる。

次は視界の右端に光が映る。
それは、少女と少年がただ楽しく遊んでいる場面。
そのような場面が、二、三度ほど流れた。

──とても、楽しそうだわ。

幼い文月は、満面の笑みを浮かべている。

初めて外に出られて、嬉しそうに、遊びというものを知って楽しそうにしている。

『文月ちゃん。大丈夫だよ。僕が必ず、君をこの屋敷から救ってみせるから』
『……ここよりも、ひろいところがあるの?』
『そうだよ。今はまだ小さいから君を救うことは出来ないけど、大きくなったら必ず、君を迎えに行くからね』

夢で見たあの続き、知ることが出来なかった事が、自分の記憶の中で今、成されていた。

『うん!』

自分はそれに、笑顔を浮かべて答えていた。
きっと、彼の言葉はあまり理解でいなかっただろう。
ただ、純粋に屋敷の外に出てみたかったのだ。

いつかきっと、ここよりも広い世界を見ることを夢見て──。



また真っ暗な空間に戻ったのかと思った瞬間、意識が現実へと引き戻された。

「あ、目が覚めたね。少しは思い出せたかな?」
「…………」

呆然としている文月を見て、笑顔を浮かべながら、首を傾げている。

「やっぱり、ちょっと異能を使っただけじゃ思い出せなかったかな?」
「異能……」
「僕の異能は、誰かの記憶を引きずり出すことが出来るんだ。自分がその記憶の中にいないといけないんだけだね。でも結構役に立つよ。──どれだけ遠くに離れていても、僕の異能は発動するからね」

文月はずっと、青年に対して恐怖心を抱いていた。
夜宵に向けていた感情とは違う、別のモノ。

体からはずっと、冷たい嫌な汗が流れていた。

「まあ、邪魔は入ったけどね。あの忌々しい龍のあやかしが、僕が救うはずだった文月ちゃんを奪った」

違う、と文月は思う。
確かに多少なりとも強引ではあったが、夜宵はあの屋敷から文月を救い出してくれた。

「…………違います。あの方は、私を光へ導いてくれました。何も無かった私に、光をくれた」

自然と、口から言葉が溢れ出る。

「仮にあなたがそう考えたとしても……私を救ってくれたのは夜宵さまです。あなたではありません」
「……ふっ、ははっ。あははははっ!」

突然笑いだした彼に、文月は驚きつつも疑問を持つ。

「だから何だ? 僕が君を手に入れるために、何の準備もしてないとでも?」
「え……?」

暗闇の中、彼の手から出てきたのは、白い徳利と盃。
あらかじめ部屋に置かれていた物だったのだろうか。

「ま、さか……」

彼は答えることはなく、ただ笑顔を浮かべてこちらを見ていた。

文月は顔だけではなく全身からも、血の気が引いていくのを感じた。

「夫婦の契りだよ」