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夜宵は宿へ到着してからすぐ、別の用事が入り、その場へ碧生とともに向かった。
早めに終わらせて、宿へ戻ったはずだった。
宿へ戻ると騒がしく、同時に文月の気配がないことに夜宵は気づいた。
「だ、旦那様! 申し訳ございません! 文月様が……!」
文月に仕える優依と華が、酷く慌てた様子で夜宵に事の経緯を話す。
夜宵が仕事へ出てから、文月はずっと部屋にいたこと。部屋から出た形跡はなかったこと。
「や、屋敷のどこにも気配を感じられなくて……」
ちっ、と夜宵は小さく舌打ちをした。
もっと早くに気づいていれば、と己の不甲斐なさを悔やんだ。
「すぐに準備を。優依、華。お前達は、あやかし達に、事の経緯を説明して協力を頼んでくれ」
「「御意!」」
──万が一何かあった時の為に、御守りを渡しておいて良かった。
屋敷を出る際、文月に自身の妖力を注いだ御守りを渡しておいた。
屋敷内では、敷地全体に張られている結界があるので、危険なことはないが、結界の外では何があるか分からない。
夜宵が傍にいる限りは、守ることが出来るが、傍にいられない時もあるので、何かあった時の為に渡しておいた。
──だが変だな。文月に危害を加えるような奴は触れることが出来ないはず……。
文月に危害を加える目的ではないとしたら、と少し考える。
夜宵はハッとする。
ひとり、思い当たる人物がいた。
自分にのみ殺意を向け、目の敵のように睨んできた人間の男がひとり。
「……碧生。俺が今から言う場所を早急に調べてくれ。くれぐれも、内密にな」
「御意」
場所さえ分かれば、あとはその場へ向かうだけだが、もしかすると御守りの効果に気づき、その場にわざと置かれている可能性もある。
「文月……」
夜宵は血が滲むほど強く拳を握りしめた。
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