「ふぅ……」

話し合いが行われた屋敷から離れ、彼らが用意してくれていた宿のひとり部屋で、文月は椅子に腰掛けながらため息をこぼす。

話し合いに参加して、少しばかり話しただけなのに、それが終わり部屋を出た途端、体の全身の力が抜けた。
流石に、そこで崩れるように床に座り込むわけにはいかないので、なんとか足に力を入れて、ここまで来た。

──夜宵さまが、時折心配そうに顔を覗き込んで来たのは、少し申し訳ない気がしたわ。

「……あのひとは、私にどれだけ優しくしてくれるのかしら」

文月は敷いてある布団に、沈み込むようにして横になる。
もうお風呂にも入り、部屋着にも着替えたので、あとは寝るだけだった。

──帰るのは、明日よね……。その為にも早めに寝ておかないと……。


疲れていたせいか、睡魔が襲っていたせいか、目の前にある窓が開き、人が入ってきたのが、単なる夢だと──そう思って眠りに落ちてしまった。







どれくらい、眠っていたのだろう。

体を起こそうとして、上手く起き上がることが出来ないのに違和感を持ち、目を開けた。

──ここは……?

見覚えのない景色に、違和感を覚える。

真っ暗な空間に火のついた蝋燭(ろうそく)がひとつだけ立てられていた。
宿の部屋で眠っていたはずか、知らないところにいた。

「いったい誰が……」

そう呟いて、体を動かそうとした時、両手を後ろで縛られていることに気づく。

「え…………」

さあ、と顔から血の気が引いていくのが分かる。

──誰が、こんなこと……。どう、して……。

恐怖で体が強ばるものの、どうにかして、ここを抜け出さないと、と頭を切り替える。
建物内にいるのだから、窓か出入口はあるはず、と立てられている蝋燭の光を頼りに辺りを見渡す。
窓は無く、唯一あるのは少し離れたところにある木で作られた扉のみ。
あれが、出入口の扉だろう。

──仮に出られたとして、その後は? 宿に戻るにしても、ここがどこなのか分かさえ分からない……。

人間の国で、知る場所など指で数えるほど。
そのほとんどが、今日知った所が多い。

「夜宵さま……」

細く弱々しい声が部屋に響く。

その時、ギィ、と重たい音が聞こえて、そこから見えた光に、扉が開いたのだと悟る。

「ああ。目が覚めたんだね」

暗いせいで、その姿が分かりにくい。
声色から、男性だということは分かる。

少しずつ、こちらに近づいてきているのが、履物の音と影の動きでわかる。

その男性が、ちょうど蝋燭の前で止まった時、文月は目を瞠った。そして全身から、血の気が引いていくのを感じた。

茶色の髪、茶色の瞳。
夢に出てきた少年と酷似していて、話し合いの場にもいた青年。

「久しぶり。文月ちゃん」

そう言って、目の前の人は微笑んだ。