部屋に着き、左右に人間側とあやかし側で別れる形で座り、文月はあやかし側で夜宵の隣に座る。

「単刀直入に申し上げる。──文月様をこちらへお返し頂きたい」

先程の老人が、淡々とした口調で語る。

「何故?」
「な、なぜって……。こちらには、今国を統べる者がおりません。ですから、一条家の唯一の生き残りである文月様に国を治めて頂きたいのです」

「お前のせいでな」と言わんばかりの睨みを、夜宵にぶつける。
しかし、当の本人は無表情で何処吹く風といった感じだった。

自身の妖力を毒として混ぜた水を呑ませ、死に至らしめたとはいえ、おそらく体の中に妖力は残っていないだろう。

──きっと、そこまで徹底なさったのよね。

「ふ、文月様はどうですか? こちらに戻りたいというお気持ちは……」
「ありません」

老人の隣に座っている中年男性が、文月の方に話を振る。
しかし文月が即答をするとは思わなかったようで、彼だけではなく、周りの者も驚いているように感じる。

「あなた方が、義母や義姉と共に私にしたことを忘れたとは言わせません」

すると、青年数人以外は正鵠を射られたような表情をした。

「はて。文月様にしたこととは?」

バサッと片手で扇子を広げ、目を細め口元を隠すように、弧燁は文月に問いかけた。

「……私は妾の母から生まれました。それだけでなく、この瞳(・・・)を持っていました。それが、義母と義姉は気に入らなかったのでしょう。暇さえあれば、私に罵詈雑言を浴びせ、酷い時には暴力を振るうこともありました」

思い出すだけで、体が震える。

文月の手に、夜宵の手が重なる。夜宵の方へ顔を向けると、優しい眼差しがこちらを見つめていた。
手の温もりと、眼差しに自然と震えが収まった。

「当主様への謁見や会議などで一条家へ訪れているのを、義母と義姉に虐められていた時に見たことがあります。時々ですが彼らも同じようなことをしてきました。きっと、精神的な重圧を私で離散していたのだと思います」
「それは帰る気にもなりまへんなぁ」

くすくす、と弧燁が目の前にいる人間たちを蔑むような目で見る。

「で、では。文月様はあやかしの国で……?」
「お、おいっ。勝手に!」

黒髪に鼻の上部にそばかすのある若い青年が問うと、隣に座っていた男性が制止する。

「はい。私はこの国へは戻りません」

──あやかしの方々には申し訳ないけど……。ここにはもう、戻りたくない。

「話は纏まったようだ。文月はこちらへ戻ることはない。彼女の意思で決まったことだ。異論は認めない。そちらの国の事は、そちらのみで決めるが良いだろう。失礼する」

人間側の数人は、悔しそうに顔を歪ませた。
特に目がいったのは、あの(・・)青年だった。
茶色の瞳が、まるで親の仇のように夜宵を睨んでいた。