妾の子は龍のあやかしに見初められる







人間の国へ向かう日──。

「出来ました。文月様」

華の声に、ゆっくりと目を開ける。
鏡に映るのは、自分のはずであるのに本当に自分なのか疑ってしまうほど、綺麗な姿になっていた。

話し合いに行くだけだが、せっかく外出をするのなら、と優依と華が張り切ってくれた。

「とてもお美しゅうございます! 文月様」
「ええ! 一瞬、女神が舞い降りたのかと思いました」

ふたりからの褒め言葉に、文月は頬を紅潮させる。
大袈裟な、といつもなら思ってしまうも、今日ばかりは本当に、自分でも綺麗だと思ってしまう。

──優依さんと華さんのおかげね。

「ありがとう。ふたりとも」

文月はお礼を言って、微笑んだ。

「うっ……。心臓が!」
「美は正義……。ぐふっ……」

ふたりは同時に、吐血をして倒れ込む。

「ひゃっ! だ、大丈夫?」
「も、問題ございませ……うっ、眩しい!」
「お、落ち着きなさい、華……!」
「ほ、本当に、大丈夫なの?」

ふたりの口から顎に伝っている血を見ると、どうしても大丈夫なようには見えない。

覚束無い足取りで、ふたりはゆっくりと立ち上がる。

「大丈夫です!」
「ご心配なく。さあ、旦那様がお待ちですので参りましょう!」




玄関に向かうと、そこには夜宵がこちらを向いて立っていた。

「お待たせしてしまい、申し訳ございません」
「…………」

目を細め、まるで眩しいものを眺めるような表情をしていた。

「……綺麗だ」
「あ、ありがとう、ございます……」

まさか褒められるとは思わず、熱くなった顔を隠すように、下を向く。

──どうしてかしら。優依さんと華さんも褒めてくれたのに。夜宵さまに言われると、何か違う気がして……。

「文月」

名を呼ばれて、顔を上げる。

夜宵は目の前に手を差し出した。

「行こう」
「はい」

夜宵の手に、そっと自分の手を乗せる。

「あの。夜宵さま」
「どうした?」
「その、と、とても格好いいです」

先程から、ずっと思っていたことを言うと、夜宵は柔らかく微笑んだ。

「ありがとう」

その言葉に、文月も思わず微笑んだ。

「行ってらっしゃいませ」

使用人達に見送られながら、文月と夜宵は屋敷を後にした。





「人間の国へは、優依さんと華さんも一緒に来るのですね」

馬で移動をしながら、夜宵に語りかける。
文月ひとりでは乗れないので、夜宵と共に乗る形だ。
後ろから着いてきているのは、夜宵の側近である碧生と文月の侍女ふたり。
そして夜宵に仕えているあやかしも、もちろん来ている。

「ああ。もし、万が一俺に何かあった場合、君を守る者がいないとだからな」

夜宵に万が一などあるのだろうか、と思う。
しかし、世の中何があるのか分からないため、用心しておくに越したことはない。

──あの夢の、少年も気になるわ……。

夢の中では、お互いに幼少の姿だったため、現実では恐らく、文月と変わらない歳だろう。

『大丈夫。時期にわかるよ』

あの言葉は、一体どういう意味なのか。
もしかしたら、近々会うということだろうか。

──だけど、どうして私の夢に……? 人の夢に入ることが出来る異能なのかしら。

異能を持つ人間は、年々減ってきている。
だとすれば、その人が持っている異能は相当なものだろう。

「何事もなく終わればいいのだけど……」
「何がだ?」

小さく呟いたつもりが、夜宵は聞こえたらしい。

──夜宵さまには、お話しといた方がいいかしら。

信じてもらえるかは分からないが、もし仮に何かあって、夜宵に迷惑をかけたくはない。

「実は……」

文月は夢に出てきた少年のことを話した。
その少年が、もしかすると今日現れるかもしれない、ということも。

「なるほどな」
「すみません。こんな話……。信じてくださらなくて、大丈夫です。所詮は夢の中でのことなので」
「いや。俺は信じる」

夜宵の言葉に、文月は思わず目を瞠る。

「ほ、本当ですか?」
「ああ」

夜宵は、肯定の意を示し、頷いた。

「でも、確証もありません。もし、違ったら……」
「それなら、単なる夢で終わる。それはそれで何事も無かったのだから、いいだろう」
「……そうですね。何事も無いのが、一番です」

──そうよ。何事も無いのが一番。だけど、この拭いきれない不安は何かしら……。






あやかしの国と人間の国の国境付近へと着いた際、夜宵は暗い顔をした。

「……文月。俺がいいと言うまで、目を瞑っていてくれ」
「え? は、はい……」

突然のことに戸惑うも、言われた通り目を閉じる。
国境付近は、戦いが一番激しい所なので、もしかしたら何かあったのかも、と少し気になったが目を開けることはしなかった。

「もう大丈夫だ」

瞼を開けて、目の前の景色を眺める。

そこは、先程までいたあやかしの国では無かった。

「人間の、国……」

もう二度と、戻ることはないだろうと思っていた。
少しずつ、目的の場所へと近づくにつれて、人が多くなっていく。

こちらをただ見つめてくる者やあやかしだと気づき、軽蔑してくる者がいた。
同じ人間として、恥ずかしさと申し訳なさが込み上げてくる。

文月はあやかしを嫌っているわけではかったが、恐怖心を抱いていた。
しかし、夜宵や優依、華たちの優しさを知り、あやかしは恐怖の存在でないことをしった。
それでも、あやかしの国に行くまでは、あやかしを嫌い、軽蔑している人間と似た感情を抱いていたのだ。

──本当に、申し訳ないわ……。

「文月。大丈夫か?」

下を向いていたので、体調が悪いのかと心配されてしまった。

「あっ、いえ……。そういうわけではないので。ご心配なく」

文月は夜宵の方を軽く振り返り、笑顔を見せた。

「そうか?」
「はい」

少し心配そうな表情をしたが、再度「大丈夫です」と言って、納得してもらった。



目的の場所に着き、夜宵に手伝ってもらいながら馬を降りる。
目の前の屋敷は、そこそこの大きさの屋敷だった。
同時に一条家の屋敷でないことに、安堵している自分がいた。

「行こう。文月」

目の前の大きな手に、自分の手を重ねる。

「はい」

ぎゅっ、と優しく握られる。

その手の温もりに、強ばっていた体の緊張が少し解けた気がした。







屋敷に入ると、五人の老人とその少し後ろに四人の青年が並んでいた。

「ようこそ。お越しくださいました。龍水様!」

口を開いたのは、杖をついているひとりの初老の男性。

その男性の言葉を合図にしたように、周りの者たちが同時に深く頭を下げる。

「…………」

こちらも、それに応えるように一礼をする。

よく見ると、年配の男女はかつて文月の父である一条家当主に仕えていた家臣たちだった。
義母や義姉に虐められている時に、何度かその姿を見たことがあった。
その際に、「妾の子なのだから、当然の扱いですよ」と一緒になって暴言を吐いてきた者もいた。

それが今、目の前にいる。
しかし驚いたのは、彼らの態度だった。

「ああ、文月様! ご無事で何よりでございます!」

猫撫で声で心配していたように語り、媚びを売るような目でこちらを見てくる。
夜宵もそれに気づき、冷たく鋭い視線で彼らを睨みつける。
文月は思わず、夜宵の後ろに少しだけ身を隠してしまった。

──怖い。

今まで見たことのない彼らの態度に、恐怖を感じずにはいられなかった。
恐らく、もし文月が人間の国へと帰ってきた時一条家の次の当主となった際、少しでもいい位置いようという思惑なのだろう。
帰る気はないがもし仮に当主となっても、あのような自分のことしか考えていない者たちを、特別扱いなど絶対にしたくない。

ふと、視線を感じてその方向に顔を向ける。

老人男性が立っている中心よりも、右斜め後ろに、こちらを強く鋭い眼光で睨んでいる若い青年がいた。
しかし、目線の方向が文月ではなく夜宵に向けられていた。

茶色の髪、茶色の瞳。それは夢に出てきた少年と同じ。
顔立ちも、あの少年から成長したと言われれば分かるほど、面影がある。
文月は思わず目を瞠り、夜宵の着物の羽織の裾を軽く握った。

「どうした?」
「……あの方。似ています」

夜宵は気づいたように、文月の目線の先を見る。

「あの男か? 夢に出てきた少年というのは」
「おそらく……」
「ならば、注意しておかなくてはな。文月、なるべく俺の傍か優依と華の近くにいてくれ」
「はい」



話し合いが行われる部屋まで案内をされながら、文月は後ろから視線を感じていた。

──私、何かしたかしら……。

ちらり、と軽く後ろを振り返る。

夜宵と文月の後ろにいるのは、龍水家に忠誠を誓い、長きにわたり代々家臣として仕えているあやかしの当主達。

そのうちのひとり、扇子を広げて、こちらを眺めている女性。

──確か、弧燁様よね。どうしてこっちを見てくるのかしら。私の思い違い? もしかして、他のところを……。

その時、一瞬だけ弧燁と目が合う。

「……あっ……」

細く、小さな声が喉から漏れる。

「……き。文月」
「あ、はいっ!」

隣で歩調を合わせながら歩いてくれている夜宵が、こちらに顔を向けていた。

「後ろが気になるか?」
「あ、いえ。そういうわけでは……」
「そうか。だが、何かあったらすぐに言ってくれ」
「分かりました」

再度後ろを振り返るも、弧燁はこちらを見てはいなかった。
気のせいだったのかもしれない、と文月は気にしないようにした。


部屋に着き、左右に人間側とあやかし側で別れる形で座り、文月はあやかし側で夜宵の隣に座る。

「単刀直入に申し上げる。──文月様をこちらへお返し頂きたい」

先程の老人が、淡々とした口調で語る。

「何故?」
「な、なぜって……。こちらには、今国を統べる者がおりません。ですから、一条家の唯一の生き残りである文月様に国を治めて頂きたいのです」

「お前のせいでな」と言わんばかりの睨みを、夜宵にぶつける。
しかし、当の本人は無表情で何処吹く風といった感じだった。

自身の妖力を毒として混ぜた水を呑ませ、死に至らしめたとはいえ、おそらく体の中に妖力は残っていないだろう。

──きっと、そこまで徹底なさったのよね。

「ふ、文月様はどうですか? こちらに戻りたいというお気持ちは……」
「ありません」

老人の隣に座っている中年男性が、文月の方に話を振る。
しかし文月が即答をするとは思わなかったようで、彼だけではなく、周りの者も驚いているように感じる。

「あなた方が、義母や義姉と共に私にしたことを忘れたとは言わせません」

すると、青年数人以外は正鵠を射られたような表情をした。

「はて。文月様にしたこととは?」

バサッと片手で扇子を広げ、目を細め口元を隠すように、弧燁は文月に問いかけた。

「……私は妾の母から生まれました。それだけでなく、この瞳(・・・)を持っていました。それが、義母と義姉は気に入らなかったのでしょう。暇さえあれば、私に罵詈雑言を浴びせ、酷い時には暴力を振るうこともありました」

思い出すだけで、体が震える。

文月の手に、夜宵の手が重なる。夜宵の方へ顔を向けると、優しい眼差しがこちらを見つめていた。
手の温もりと、眼差しに自然と震えが収まった。

「当主様への謁見や会議などで一条家へ訪れているのを、義母と義姉に虐められていた時に見たことがあります。時々ですが彼らも同じようなことをしてきました。きっと、精神的な重圧を私で離散していたのだと思います」
「それは帰る気にもなりまへんなぁ」

くすくす、と弧燁が目の前にいる人間たちを蔑むような目で見る。

「で、では。文月様はあやかしの国で……?」
「お、おいっ。勝手に!」

黒髪に鼻の上部にそばかすのある若い青年が問うと、隣に座っていた男性が制止する。

「はい。私はこの国へは戻りません」

──あやかしの方々には申し訳ないけど……。ここにはもう、戻りたくない。

「話は纏まったようだ。文月はこちらへ戻ることはない。彼女の意思で決まったことだ。異論は認めない。そちらの国の事は、そちらのみで決めるが良いだろう。失礼する」

人間側の数人は、悔しそうに顔を歪ませた。
特に目がいったのは、あの(・・)青年だった。
茶色の瞳が、まるで親の仇のように夜宵を睨んでいた。



「ふぅ……」

話し合いが行われた屋敷から離れ、彼らが用意してくれていた宿のひとり部屋で、文月は椅子に腰掛けながらため息をこぼす。

話し合いに参加して、少しばかり話しただけなのに、それが終わり部屋を出た途端、体の全身の力が抜けた。
流石に、そこで崩れるように床に座り込むわけにはいかないので、なんとか足に力を入れて、ここまで来た。

──夜宵さまが、時折心配そうに顔を覗き込んで来たのは、少し申し訳ない気がしたわ。

「……あのひとは、私にどれだけ優しくしてくれるのかしら」

文月は敷いてある布団に、沈み込むようにして横になる。
もうお風呂にも入り、部屋着にも着替えたので、あとは寝るだけだった。

──帰るのは、明日よね……。その為にも早めに寝ておかないと……。


疲れていたせいか、睡魔が襲っていたせいか、目の前にある窓が開き、人が入ってきたのが、単なる夢だと──そう思って眠りに落ちてしまった。







どれくらい、眠っていたのだろう。

体を起こそうとして、上手く起き上がることが出来ないのに違和感を持ち、目を開けた。

──ここは……?

見覚えのない景色に、違和感を覚える。

真っ暗な空間に火のついた蝋燭(ろうそく)がひとつだけ立てられていた。
宿の部屋で眠っていたはずか、知らないところにいた。

「いったい誰が……」

そう呟いて、体を動かそうとした時、両手を後ろで縛られていることに気づく。

「え…………」

さあ、と顔から血の気が引いていくのが分かる。

──誰が、こんなこと……。どう、して……。

恐怖で体が強ばるものの、どうにかして、ここを抜け出さないと、と頭を切り替える。
建物内にいるのだから、窓か出入口はあるはず、と立てられている蝋燭の光を頼りに辺りを見渡す。
窓は無く、唯一あるのは少し離れたところにある木で作られた扉のみ。
あれが、出入口の扉だろう。

──仮に出られたとして、その後は? 宿に戻るにしても、ここがどこなのか分かさえ分からない……。

人間の国で、知る場所など指で数えるほど。
そのほとんどが、今日知った所が多い。

「夜宵さま……」

細く弱々しい声が部屋に響く。

その時、ギィ、と重たい音が聞こえて、そこから見えた光に、扉が開いたのだと悟る。

「ああ。目が覚めたんだね」

暗いせいで、その姿が分かりにくい。
声色から、男性だということは分かる。

少しずつ、こちらに近づいてきているのが、履物の音と影の動きでわかる。

その男性が、ちょうど蝋燭の前で止まった時、文月は目を瞠った。そして全身から、血の気が引いていくのを感じた。

茶色の髪、茶色の瞳。
夢に出てきた少年と酷似していて、話し合いの場にもいた青年。

「久しぶり。文月ちゃん」

そう言って、目の前の人は微笑んだ。






◇◇◇



夜宵は宿へ到着してからすぐ、別の用事が入り、その場へ碧生とともに向かった。

早めに終わらせて、宿へ戻ったはずだった。
宿へ戻ると騒がしく、同時に文月の気配がないことに夜宵は気づいた。

「だ、旦那様! 申し訳ございません! 文月様が……!」

文月に仕える優依と華が、酷く慌てた様子で夜宵に事の経緯を話す。

夜宵が仕事へ出てから、文月はずっと部屋にいたこと。部屋から出た形跡はなかったこと。

「や、屋敷のどこにも気配を感じられなくて……」

ちっ、と夜宵は小さく舌打ちをした。
もっと早くに気づいていれば、と己の不甲斐なさを悔やんだ。

「すぐに準備を。優依、華。お前達は、あやかし達に、事の経緯を説明して協力を頼んでくれ」
「「御意!」」

──万が一何かあった時の為に、御守りを渡しておいて良かった。

屋敷を出る際、文月に自身の妖力を注いだ御守りを渡しておいた。
屋敷内では、敷地全体に張られている結界があるので、危険なことはないが、結界の外では何があるか分からない。

夜宵が傍にいる限りは、守ることが出来るが、傍にいられない時もあるので、何かあった時の為に渡しておいた。

──だが変だな。文月に危害を加えるような奴は触れることが出来ないはず……。

文月に危害を加える目的ではないとしたら、と少し考える。

夜宵はハッとする。
ひとり、思い当たる人物がいた。
自分にのみ殺意を向け、目の敵のように睨んできた人間の男がひとり。

「……碧生。俺が今から言う場所を早急に調べてくれ。くれぐれも、内密にな」
「御意」

場所さえ分かれば、あとはその場へ向かうだけだが、もしかすると御守りの効果に気づき、その場にわざと置かれている可能性もある。

「文月……」

夜宵は血が滲むほど強く拳を握りしめた。



◇◇◇






「久しぶり。文月ちゃん」

青年の笑顔と言葉に恐怖を覚え、思わず身を引いてしまう。
全身に鳥肌が立ち、冷や汗が額から頬を通り、顎を伝って床に落ちる。

「あ……あなたは、誰なのですか……?」

発した言葉が震え声になっているのが分かる。

「やっぱり。覚えてないか」
「え……?」
「そうだよね。君はまだ幼かったし……記憶も改竄(かいざん)されてるだろうから」

青年の言葉に、疑問を持つ。
記憶を改竄されているとは、一体どういうことだろう。

「じゃあ。少しだけ思い出させてあげるよ」

そう言うと、青年の人差し指がとん、と文月の額に触れる。

「!」
「記憶はね、消えないんだ。例え忘れていても、心から完全に消すことは出来ない」

目の前にある茶色の瞳に、自分の瞳が捉えられる。

「あ……?」

頭の中で何か(・・)(うごめ)く。

「……これか」

茶色の瞳が、一瞬だけ紅く染まったように見えた。
その瞬間、頭に流れ込んできたひとつの記憶。




『ねぇ、りん』
『はい。お嬢様』

人などいないと思うような、少し広めの物置部屋のような所。
窓から射し込む陽の光や月の光だけが頼りの、薄暗い場所。

文月はその場所を、誰よりも知っていた。

──この着物……。

今、文月は一条家にいた頃の古く傷んだ着物と、その上から同じような状態の白い羽織を着ていた。

そして自分の目の前にいるのは、きっとまだ物心のついていない幼い自分の姿とまだ若い頃の輪だった。

輪の姿を見て、涙を流しそうになる。二十代前半の若かりし頃の、輪の姿。
幼い文月へ向ける瞳は、深い愛情を感じる。

だけどそれより、ここにいて大丈夫なのかと不安になる。

『どうしてわたしは、お外へ出られないの?』
『それは……お嬢様を御守りするためです』

彼女たちがこちらに気づくことはなく、ただ話しているだけ。

──私が見えてない……?

『おとうさまもおかあさまも、おにいさまもおねえさまも、ほかの人たちだって、お外に出てるのに、どうしてわたしだけだめなの?』

すると、輪は少し傷ついたような表情をした。
幼い子供に嘘をつくのだ。罪悪感に駆られるだろう。

『申し訳ございません。お嬢様……』

次の瞬間、まるでそこには何も無かったかのように、その風景が消える。
暗くなったかと思えば、今度は後ろから声がした。

『君は……』
『……あなたはだぁれ?』

扉を開けて、ひょこっと顔を出している少年。
幼い文月よりも少し歳上のようだが、まだ声変わりもしていない高い少年の声。

『君はここに住んでるの?』
『そうよ。……あなたはお外から来たの?』
『え、うん』
『お外ってどんなかんじなの?』

その問いかけに、少年は目を見開いた。

『外に出たことがないの?』
『お外はあぶないって、りんが言ってたの』