あやかしの国と人間の国の国境付近へと着いた際、夜宵は暗い顔をした。

「……文月。俺がいいと言うまで、目を瞑っていてくれ」
「え? は、はい……」

突然のことに戸惑うも、言われた通り、目を閉じる。

国境付近は、戦いが一番激しい所なので、もしかしたら何かあったのかも、と少し気になるも、目を開けることはしなかった。

「もう大丈夫だ」

瞼を開けて、目の前の景色を眺める。

そこは、先程までいたあやかしの国では無かった。

「人間の、国……」

もう二度と、戻ることはないだろうと思っていた。

少しずつ、目的の場所へと近づくにつれて、人が多くなっていく。

こちらをただ見つめてくる者やあやかしだと気づき、軽蔑してくる者、同様に蔑む者もいた。

同じ人間として、恥ずかしさと申し訳なさが込み上げてくる。

文月はあやかしを嫌っているわけではかったが、恐怖心を抱いていた。
しかし、夜宵や優依、華たちの優しさを知り、あやかしは恐怖の存在でないことをしった。

それでも、あやかしの国に行くまでは、あやかしを嫌い、軽蔑している人間と似た感情を抱いていたのだ。

──本当に、申し訳ないわ……。

「文月。大丈夫か?」

下を向いていたので、体調が悪いのかと心配されてしまった。

「あっ、いえ……。そういうわけではないので。ご心配なく」

文月は夜宵の方を軽く振り返り、笑顔を見せた。

「そうか?」
「はい」

少し心配そうな表情をしたが、再度「大丈夫です」と言って、納得してもらった。



目的の場所に着き、夜宵に手伝ってもらいながら馬を降りる。

目の前の屋敷は、そこそこの大きさの屋敷だった。

同時に一条家の屋敷でないことに、安堵している自分がいた。

「行こう。文月」

目の前の大きな手に、自分の手を重ねる。

「はい」

ぎゅっ、と優しく握られる。

その手の温もりに、少しだけ強ばっていた体が解けた気がした。