「あの。咲夜子様は、何故私のところに来られたのですか……?」
ずっと、疑問だったことを問う。
わざわざここまで、来たのには理由があるのだろうか、と。
「ただ、あなたに会いに来ただけよ。あの子が、人間の女の子を連れてきたって言ってきたから、どんな子なのかしらって」
予想外の返答に、文月は暫し固まる。
咲夜子は、文月が人間だと知っていた。
──じゃあ、私が一条家の人間であることも……。
顔から血の気が引いていくのが分かる。
「あ、違うのよ。決して、あなたを追い出そうとか、そういうわけではないから」
文月の様子に気づいたのか、慌てた様子で語る。
「確かに、あなたが一条家の人間だということは知っているけど。それを理由に何かをしようだなんて思ってないわ」
「…………」
──この方は、純粋にただ私に会いに来てくださっただけ……。それを、私は……。
勝手に怖がり、恐怖心を抱いた自分が恥ずかしい。
「勝手な誤解をして、申し訳ございません」
文月は深々と頭を下げて、謝罪の意を示す。
「あ、謝らないで。勝手に会いに来た私にも非があるのだから。ほら、顔を上げて」
「ですが……」
「いいから。ね?」
少し躊躇いながら、頭を上げる。
しかし、咲夜子は変わらない笑みを浮かべていた。
「ねぇ、そういえば……。あなたは夜宵君のこと──」
「文月様」
咲夜子が文月に何かを問いかけようとした時、襖の向こうから、碧生の声がした。
「はい」
「突然すみません。夜宵様が、文月様に用事があるとおっしゃ……あ、ちょっと、夜宵様!?」
襖が勢いよく開かれ、夜宵が足早に入ってくる。
「や、夜宵さま? どうかなさったのですか?」
席から立ち上がり、夜宵の方に向かう。
「文月。母からは、何もされていないか?」
「い、いえ。特には……」
夜宵はほっ、としたような表情をすると、咲夜子の方に顔を向けた。
「大事にしてるわね〜」
「……お久しぶりです。母上」
恭しく頭を下げる夜宵に、咲夜子は「久しぶり」と笑顔で答える。
「来る時は手紙なり、伝書鳩なり飛ばしてくだされば……」
「送ったら了承してくれるの?」
「…………」
図星なのか、夜宵は黙ってしまう。
「いいじゃない。いずれ、娘になる子に会いに来ても」
「む、むす……」
結婚が決まっているような言い方をされて、顔が熱くなる。
助けを求めようにも、後ろにいたはずの千依と優依は既に部屋から退室していた。
「あら。ふふっ、可愛い」
文月の反応を見た咲夜子が、またも優美に微笑む。
「ねぇ、文月ちゃん。あ、文月ちゃんと呼んでも良かったかしら?」
「はい」
咲夜子は、文月に耳打ちをするように語りかける。
「夜宵君のことは、どう思ってるの?」
「え……」
唐突な問いかけに、顔から火が出たのではないかと思うほど、熱くなるのを感じる。
「あら。これを聞くのはまだ早かったみたいね」
文月の反応に、咲夜子は愉しそうに微笑んだ。