空は曇り、白く小さなものが降り注ぐ。
「雪……」
冬の訪れを、雪が知らせる。
文月があやかしの国に来て、夜宵の屋敷で住み始めてから数ヶ月経った。
──もう、冬が来たのね……。
文月にとって、どの季節もいい思い出はないが、冬は特に酷い思い出しかなかった。
布の薄い着物の上に、古く傷んだ毛布を被る。
無いよりはいいものの、寒いことに変わりはなかった。
本当に酷い日は、義姉と義母から氷水をかけられ、「汚い」と暴力を受けたこともあった。
寒さで震え、手足は痛み、窓の隙間からは冷たい風が吹き、生きるのが嫌になったことが何度もあった。
だけど、死ぬことは絶対になかった。
輪の存在のおかげだった。輪だけが、心の支えになっていた。
彼女がいなければ、今まで生きてこられなかった。
──輪は、元気にしているかしら。
窓の外の景色を眺めながら、思い浮かべる。
「文月様」
横から語りかけるのは、侍女の優依だった。
「お茶を入れました」
「ありがとう」
綺麗な緑色のお茶が、湯気を立てながら、ゆらゆらと軽く揺れる。
「温かそう」
「入れたてですから」
ふふっ、とふたりで微笑み合う。
「文月様! お茶に合うお菓子をお持ちしました!」
優依の後ろから突然現れたのは、同じく仕えてくれる侍女の華。
彼女はひとつのお皿に、可愛らしい形の練り切りを数個とお団子などを乗せて持ってきた。
「まあ……! どれも美味しそう。ありがとう。華さん」
「これくらいお易い御用です!」
ふふん、と鼻高々に胸を張る。
その姿に、文月は柔らかく微笑む。
「文月様。お茶が冷める前にお召し上がりください」
「そうね」
優依の一言に小さく頷く。
お茶を飲み、華が持ってきてくれたお菓子の一つを手に取り、口に含む。
「美味しい」
お茶とお菓子の味を感じながら、雪が降り続ける外を眺めた──。