「お客様、ですか?」
「ああ。明日の朝から夕方近くまで、俺の執務室で会議がある。あやかしが集まるから、君はあまり部屋から出ない方がいいだろう」

夕食時、夜宵から明日の事について報告が入る。

「分かりました」

──もし、私が人間だと気づかれたら大変なことになるわ。

文月だけでなく、夜宵や屋敷全体に被害が及ぶ。
それだけは避けたい。
そう考え込んでいると、夜宵が語りかけてきた。

「今日は、なにかあったか?」
「今日はですね、少しお勉強をしました」
「勉強?」

夜宵が小首を傾げる。

「えっと。優衣さんと華さんと、あやかしの勉強をしたんです。私、ここに来てあやかしことについて何も知らないので。少しでも、夜宵さまやあやかしの事が知れたらな、と……」

すると、夜宵は目を見開いて、顔を横に逸らした。

「や、夜宵さま……? あっ、もしかしてご迷惑でしたか? それでしたら、やめますので──」
「いや。そうじゃない」
「え?」

夜宵の顔を見ると、耳が少し赤くなっているように見える。

「嫌じゃない。むしろ、知ろうとしてくれて嬉しい」
「……では、今後も学んでよろしいですか?」

夜宵は笑みを浮かべて、頷いた。
文月も嬉しくなり、微笑んだ。



◆◆◆



風の音とともに木々が揺れ、履物で踏むと、地面からじゃり、と砂の音がする。

──ここは……。

一条家にいた頃、窓から見ていた庭と似ていた。
なぜ今、龍水家ではなくここにいるのか。

着物も、布の薄い古く傷んでいるもの。

夢だ、と理解はする。しかしそこから、なにもする事が出来なかった。

「文月ちゃん」

背後から名を呼ばれ、振り返る。

背丈は今の自分の目線とあまり変わらず、幼さを感じさせる少年の姿。

茶色の髪に、こちらに憐れみを向ける髪と同じ茶色の瞳。

「あなたは……」

誰、と問いかけようとした時、強い風が吹く。
思わず目を瞑り、風が止むと同時に目を開けるも、そこに少年の姿はなかった。

ずき、と突然頭が痛くなる。

『文月ちゃん。大丈夫だよ。僕が必ず、君をこの屋敷から救ってみせるから』

脳裏に映る、少年の姿とその後ろで沈んでいく太陽。
先程、文月の名を呼んだ少年の声と酷使していた。