夜、夜宵と食事をする時間になったので、居間へ向かう。
昼食を除く朝と夜は、必ず夜宵と食事を共にすることになっている。
「ここには慣れたか?」
「はい。優依さんも華さんもとても優しくて、読んだことがなかった本もたくさんあって、楽しいです」
ふっ、と夜宵は小さく微笑んだ。
「そうか」
夜宵の笑顔に、また胸が少し高鳴る。
文月が思わず見とれていると、夜宵と目が合ってしまい、恥ずかしさが込み上げてきて思わず目を逸らす。
なにか会話をと考えた時、思い浮かんだのは一条家のことだった。
──輪は、使用人たちはどうなったのかしら。
「あ、あの、夜宵さま。一条家は、人間の国はどうなったのでしょうか……」
「今のところ、人間の国で混乱は起きていないそうだ。一条家の方は、当主は生きてはいる。虫の息だがな」
「え……」
なによりも一条家の人間が生きていた、ということに驚いた。
「すまない。君は聞きたいない話だろう」
「いえ。教えてください」
──当主様のことは正直、なにも思ってないのよね。それより……。
自分が冷たい人間だと思う。優しさなど欠片もない、と。
しかしそれでも、愛されず会うことすら許されなかった父に対して、何も思うことができなかった。
「……分かった。だが、君が聞いてもあまりいい話ではないぞ」
「構いません」
「一条家の当主には、俺の妖力を体内に少し入れたんだ」
話によると、当主は夜宵の妖力が混じった水を呑み、臥せっているとのこと。
少しずつ体を蝕み、約ひと月後には死に至るということだ。
「それは、夜宵さまだけが使える妖力なのですか?」
「いや。あれは、たまたま思いついただけだ。恐らく、あやかしは皆使えるだろう」
龍のあやかしは、基本的に天候を操る妖力を使うらしい。
なので、自分の妖力を別の用途で使うことはあまりないそうだ。
「人間の国だけずっと、雨が降らないようにするのも良かったんだが。罪の無い者を巻き込むわけにはいかなかったからな。一条家のみを狙ったんだ」
「あ……」
あの時に感じた静けさは、あやかしが他の人間は一切襲わずに静かに一条家だけを襲ったからだった。
それでも、怪しまれないようにあやかしは結界を張っていたらしい。
一条家の外にいる人間には決して気づかれないよう、いつも通りに見えるように、と。
──あやかしは、凄いわ。
文月は怖い、とは思わず、あやかしの凄さに感嘆していた。
「屋敷の使用人たちは……?」
「生きている。流石にあの屋敷にいさせるわけにはいかないからな。一人一人に、不自由ないよう暮らせるように金は渡しておいた。君の乳母も生きている」
ほっ、と安堵する。
──良かった。輪は、生きてるのね。
「そういえば、あの事は考えてくれたか?」
「あのこと……?」
文月が首を傾げると、夜宵はそれはそれは妖しい笑みを浮かべた。
「俺の嫁になることだ」
「そ、それは……」
顔が一気に熱くなるのを感じる。
「ま、まだ待ってください……」
「ああ。分かった」
夜宵はお茶を嗜みながら、また柔らかく微笑んだ。