龍水家の屋敷に来て、早数日。
屋敷にいても夜宵と一緒に食事をしたり、優依と華と話したり、本を読むことくらいしかすることがなかった。
この生活に不満など一切ない。しかし、何か少しでもすることはないか、と思ってしまう。
そのことを、優依と華に話すと──。
「でしたら、少しお散歩いたしますか?」
「お散歩?」
華からの提案に、文月は首を傾げる。
「はい。屋敷内でしたら、旦那様の許可もいりません。どうですか?」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「喜んで!」
屋敷を散策中、何人かの使用人に遭遇したのだが、その度に文月は視線を感じていた。
「あの方が、旦那様の?」
「綺麗な方……」
──何を言われてるかは分からないけど……。悪いことじゃないわよね。
つい、優依の背に身を隠すと、優依はとても嬉しそうな表情になり、逆に華は不機嫌そうな表情になった。
「……華さん?」
「何でもございません。さっ、次はお庭へ案内致しますね! あまり、長い時間はいられませんが……」
「あれ。華じゃないか」
正面から向かってくるのは、一人の男性だった。
名を呼ばれた華は「げっ」と、心底嫌そうな声を上げ、顔を渋らせた。
──あの方は確か……。
夜宵に、彼のことを紹介されたことを思い出す。
「ごきげんよう。碧生さん」
「こんにちは。文月様。お名前、憶えていてくださったのですね」
碧生は文月のことを人間だと知る、数少ないあやかしのひとりでもある。
「……で。何の用なの?」
華は碧生に訝しげに、問いかける。
「ああ、いや。用はないけど、たまたま見かけたから」
「私は今から、文月様を色々とご案内しないとなの。怠けてるあんたとは違うのよ」
「いやいや。俺だって今仕事中だし」
「じゃあ、その持ってる紙持って早く行きなさいよ」
喧嘩が始まりかけ、文月はあわあわとするも、優依は何も気に止めていない様子。
「大丈夫ですよ、文月様。あのふたりは、いつもあのような感じなので」
「そ、そうなの?」
「はい。会えばいつも喧嘩ばかりなので、屋敷のものも慣れているのです」
それはそれで、放っておいていいのだろうかと疑問に思うが、あまり口に出さない方がいいだろう。
「優依さんが言うなら……」
そう言って、頷き返した。