侍女に案内された部屋は、とても綺麗だった。
「こちらが、お客様が使っていただく部屋になります」
畳、障子、押し入れ、襖。
その全てが、文月の育った部屋とは比べ物にならないほど綺麗に整えられていた。
「……ほ、本当に、私が使っていいのですか?」
「はい。貴女様は、旦那様の大切なお客様ですから」
にこりと優しく微笑まれる。
「あ、ありがとうございます」
「お風呂はこちらです。お召し物は部屋着と外出用どちらも揃っておりますので。お好きな物をお使いください」
「えっ、そ、そんなに……」
人間の、それも一条家の者にここまで良くしてくれるなんて、あやかしはなんと優しいのだろう。
──どうして、人とあやかしは嫌い合うのかしら。
分かり合えば、きっと良い関係が築け合えたはずだ。
「お客様?」
「あ、すみません。少し考え事を……」
「お疲れのようですね。もう夜が明けますが、朝食の時間までは、ごゆっくりお休みください」
そう言うと、彼女は部屋を出た。
「休む……」
そう言われても、文月には休み方は分からない。
一条家では寝ても覚めてもいつも同じで、少ない数の本を読むくらいしかやることが無かった。
お風呂は、使用人が使う女性専用のところ。
使われたあとのお風呂は、温かいときもあったが、ほとんどぬるく冷めていることが多かった。
寝るための布団も古く、布が薄くて冬は特に寒かった。
輪が毛布を持ってきてくれなければ、毎年訪れる冬は越せていなかっただろう。
「……お風呂に入ってみようかな」
ぬるくても冷たくてもいいから、とりあえず身を清めたかった。
浴場は石造りで広く、湯気もたっていた。
「すごい……」
思わず声に出してしまうほどに、丁寧に出来ていた。
まずは、全身を洗おうと桶に湯を汲む。
「温かい」
使用人が使っていたお風呂より、断然気持ちがよく、温かかった。
体を洗い、湯船に浸かった瞬間、文月はこの身が溶けるかと思った。
──私の体、ちゃんとあるかしら?
長い黒髪も、顔も体も、ここまで綺麗になれたのは初めてだった。
入浴後、部屋着に着替える。
どれも綺麗な部屋着で、時間をかけてやっと選べた部屋着は、着心地がとてもよかった。
「流石に、この屋敷内をあの古い着物で歩くことは出来ないわ……」
使用人が来るまで、部屋にある本を読んで休息をとった。