「そういえば、この後の予定は大丈夫だったか? つっても、嫁を迎えにいくって出てきちまったから、今日は一緒に来てもらわないとにはなっちまうんだけど。悪いな、やっと会えたってのに慌ただしくて。俺もなあ、やっとの再会を今すぐにでももっと実感したいんだけれどなあ。そうにもいかなくって。ああ、帰りの心配はいらないからな。今夜は泊まっていけばいい。そんで、今後についてはゆっくり話し合って……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 楽し気にころころと話される内容に、慌てて待ったをかける。
 どうかしたか? と小首を傾げてみせた彼に、私は自分がおかしいような錯覚を覚えながら、

「助けていただいたことには感謝しています。ですが、"俺の嫁"、"俺の嫁"って……。私はあなたの嫁になった覚えはありませんし、そもそも初対面ですよね? 大変言いにくいことなのですが、おそらく人違いをされているのではないかと……」

「…………ま、さか」

 魂が抜けたかのごとく呆然とした表情で、彼が私を見つめる。
 とはいえ今は絶賛運転中で。

「あの! 前! 前見てください……っ」

「あ、ああ、すまん」

 離れた視線に、ほっと息を吐きだしのもつかの間。
 彼はなにやらぶつぶつと、

「そうか、その可能性もあったのか。俺はてっきり……いや、考え無しだったのは俺のほうか。まあ、これはこれで……」

 くっと頬を引締めて、彼が真剣な顔で尋ねてくる。

「何も、覚えていないのか? 俺のことも自分のことも……約束、も」

 ねね、と。彼が発した名に、思わず肩が跳ねる。
 その反応がどう映ったのか、「ねね?」といぶかしむ彼に、私はぎゅうと鞄を抱く腕に力を込め、

「あなたのことは……夢の中で、見たことがあります。"ねね"というお名前も、その夢のなかで。どうして、私の夢に知らないはずのあなたが何度も現れたのかは、わかりません。ですが"ねね"さんを探されているのなら、私ではありません」

「……そう、か」

 彼はふうーっと長い息を吐きだして、しばらくの沈黙。
 これが落胆なのか、怒りなのか。判断がつないけれど、傷つけてしまったことに変わりはない。
 もっと早く言うべきだった。後悔に痛む胸を無意志におさえながら、「あ、あの」と謝罪しようとした刹那、

「人違いではないさ」

「…………え?」