当のマオはすっかりいつもの様相で、

「ほら、これで終いだろ。いい加減、大事な二人の時間を邪魔しないでくれ」

「お前はこれから共に住むのだからいいだろう? 茉優さん、たまにとは言わずいくらでも本邸に出入りしていいからね。そうだ、今夜の夕食はもう決まっているのかな? よかったら一緒に……」

「か・え・れ!」

 ぴしゃんと勢いよく閉じられた窓。
 驚いて固まる私とは対照的に、狸絆さんは笑顔のまま手を振って本邸に戻っていった。

「ったく、悪いな茉優。親父のやつ、未だに浮かれているみたいで、面倒くささに拍車がかかっちまってて……」

「いえ。親子仲が良いのは、素敵なことだと思います」

 席に戻った私達は、再びシフォンケーキと紅茶に手をつけはじめる。
 シフォンケーキ。汚れない位置に置いた写真の中で、沙雪さんの持つそれに目がいく。

 包丁に慣れない正純さんが、沙雪さんのためにと、何度も練習して作った特別なケーキ。
 苦手だと。自覚していることでも、大好きな人のためならば頑張ってみようと。
 夫婦ならば、そう、思えるのだろうか。

「……マオさん、途中になっていた、朝の話なんですが」

『茉優は、夫婦になるのなら人間がいいか?』

 私を嫁にと望んでくれていて、けれどそれ以上に、私の幸せを願っていくれている、優しい問い。
 ここでいう"私"とは、茉優ではなく"ねね"のことだ。
 わかっている。だけど。

(違うけれど同じ。同じだけれど、違う)

 私は"ねね"じゃないけれど、この魂は"ねね"と同じ。
 もしもマオが、私の"同じ"部分を見つめているのなら。この優しい人に、少しでも真摯でありたい。

「……ああ、あの話なんだが」

 マオは軽く頬を掻いて、

「少し急いた問いだったな。茉優はまだ新しい生活に慣れてもいないってのに。また今度で……」

「マオさん、私、"夫婦"というものがよくわからないんです」

「!」

 マオが息を詰める。
 焦燥を浮かべる彼に、私は大丈夫だと伝わるよう笑んで。