「ついでだから私にもあのシフォンケーキ、ひとくちくれないかな? 私にはよくやっているのだから、別に構わないよね?」

「な!? 親父、いったいどこから聞いて……っ! って、やらないからな。親父のぶんは本邸に置いてあるから、そっちでゆうーーっくり堪能してきてくれ!」

「清々しいほど抜かりないねえ。面白くないじゃないか」

「俺は親父に面白さを提供する気なんざ、さらさらないんだが」

 ほら、戻った戻ったと急かすマオに、「仕方ないなあ」と腰を上げる狸絆さん。
 それから「ああ、そうだ。渡すものといえば」と襟元に手を入れ、

「これを茉優さんに渡そうと思ってたんだった。頼まれていてね」

 差し出された写真に、思わず息をのむ。

「沙雪さんたちの写真、ですか」

 受け取って確認する。
 笑顔で顔を寄せあう風斗くん正純さん、そして菜々さんに、沙雪さん。沙雪さんの手には、カットされたシフォンケーキの乗るお皿が。

「りんごのシフォンケーキ……」

 あの日、正純さんが焼いていた、沙雪さんへのプレゼント。
 と、狸絆さんが指を円を書くように動かした。

(裏面……?)

 不思議に思いながら写真を裏がえす。
 そこにはボールペンで、「ありがとう! またあそぼうね」「ふうた」の文字。
 それと、「私はいま、とても幸せです。沙雪」のメッセージ。

 ――幸せ。その言葉に、自然と頬が解けて、目の奥が熱をおびる。
 ああ、やっと沙雪さんは長年の枷から解放されて、そう思えるようになったのだなと。

「最初の仕事からお手柄だったね。おかげで予定よりも早く軌道に乗れそうだよ。次の仕事も案外早く入りそうだ」

「マオさんが一緒に来てくださったおかげです。あ、すみません私ばっかり。マオさんもお写真見たいですよね――っ」

 振り向こうとした刹那、とんと両肩に手が置かれた。
 ふわりと白く柔い髪が視界をかすめ、すぐそばに、木漏れ日をはらんだ赤い瞳。

「見えた」

「あ……と、はい」

 私を映しふわりと緩む双眸から、目が、離せない。

「それは茉優が持っていてくれ。記念すべき、初めてのお客様だからな。不要になったら俺が引き取る」

 すっと瞳が狸絆さんに向く。
 はっと我を取り戻した私は、途端に爆音をたてはじめた心臓に写真を引き寄せた。

(なっ……びっくり、した……っ)