マオが手付かずだったチョコレートシフォンの端を、フォークで切り取る。
 先に刺して、自然と伸ばされた腕。

「ん」

「……ん?」

 にこにこと好青年顔で笑みながら、マオは私にフォークに刺さったシフォンケーキを差し出し「味見」という。

 いや、いやいやいや。
 これじゃまるで、"あーん"なのですが?

「マ、マオさん。その切れ端を私のお皿に置いていただければ自分で……」

「ん? なにか不都合があったか? 親父や朱角もよく味見だ腹が減っただと言って、こうやって食べるんだが」

「……んん?」

「そういえばタキにもよくやってたなあ。もしかして、何かまずい行為だったのか? これ」

(え、もしかしてあやかし……というかこの家では、至って普通のことだったり?)

 家族だから……とか?
 思えばたしかに私も、おばあちゃんからこうやって貰っていたし。

(私は家族ではなく部外者なのでって言っても、マオのことだから、もう家族だろ! て全力の善意で言いそうだし)

 マオにとっては"普通"の行為。
 過剰に反応しているのは、私だけってことなら。

「そ、それじゃあ……失礼します」

 ドキドキと騒ぎ立てる心臓を悟られないように、顔をフォークに寄せて口を開く。

(これは普通、これは普通……!)

 唇がフォークに触れないよう、慎重にシフォンケーキだけを口先で挟んで顔を引いた。
 自身のフォークで助けるようにして口内に入れると、先ほどまでの軽やかな二種と異なって、ビターなチョコレートの香りが広がる。

「ほい、こっちも」

 再び当然のように差し出されたそれを、先ほどと同じように唇で食む。
 フォークで口内に転がした途端、たちまち広がる、香ばしいコーヒーの味。

「すごいです、どれも感じる味……香りでしょうか。全然違くて、でもおいしくて。あ、それと、口当たりも少しずつ違いますよね? シフォンケーキってだけでどれも似た感じなんだろうなとか、勝手に想像したら駄目ですね……って、あれ? マオさん?」

 片手で目元を覆い、天井を仰ぐマオ。
 明らかに様子のおかしい彼に、

「だ、大丈夫ですか!? 体調不良……? は! タキさんを呼んできます! フォークは危ないので置いて……」