納得の心地で箱のひとつを手にしようとすると、マオは「あ、ならこっちを頼んでいいか?」と黒い布地の手提げを手渡してきた。

 ……軽い。
 不満が顔に出ていたのか、マオは小さく噴き出すと、「ならこれも頼む」とショルダーバッグを差し出してくれる。
 うん。これなら少しは役に立てるかも。

「仕事のモノもあるけれど、主に俺の私物だな」

 よいせと箱を抱えあげたマオに、首を傾げる。

「……なるほど、マオさんの物置部屋を作られるのですね」

「いや? 俺もこっちに住むから、必要な荷物の移動をだな」

「…………はい?」

(いま、とんでもない幻聴が聞こえたような?)

マオはスタスタと歩を進めながら、

「家事は分担制、当番制のどっちがいい? もちろん、一緒にって選択肢も大歓迎だぞ。ただちょっと親父の仕事の関係で俺だけ抜けなきゃな時もあるだろうから、その時は都度相談させてもらうってことで……」

「ま、待ってくださいマオさん! どうしてマオさんまでこちらに!?」

「どうしてって、茉優を一人になんて出来ないだろ。あ、心配するな。俺は紳士だから絶対、ぜーったいやましい事は一切しない! から! なんなら誓約書を作るか?」

「いりません。そういった心配はしていませんし、それよりも、本当に私はひとりで……」

「俺が心配なんだ」

 苦笑を浮かぶるマオに、思わず息を飲み込む。

「ウチの連中は信用のおける奴らだがな、ここは"あやかし"の家だ。時には外部の奴らが出入りすることもある。まあ、元々その関係でこの離れが建てられたんだがな。加えて表向きには、盛大な屋敷でもあるだろ? 人間の侵入者だって、ないとは言い切れない。可能な限りの手は打っているが、例の不届き者がここを嗅ぎつけないとも言い切れないしな」

「…………」

「事が起きてから後悔するのは、嫌なんだ。目の届く位置で、すぐに動ける距離で、茉優の平穏を共有したい。悪いが、こればっかりは茉優の願いを聞いてはやれない」

「マオさん……」

 告げる表情があまりに紳士で、届く声が、あまりに切なくて。
 いま、彼の目には、果たして"どちら"が映っているのだろう、なんて。