(タキさんはああ言ってくれるけど、ちゃんとわきまえておかないと)

 優しくしてくれるのは、マオが私を"ねね"として好いてくれているから。

(どうして私は、記憶が残らなかったのだろう)

 ほんの僅かでも覚えていれば、こんな風に悩むことなく、マオの……ここの皆さんの優しさを、素直に受け取れていただろうに。

(ううん、違った)

 マオと別れた最期の瞬間だけは、覚えているのだった。
 数え切れないほど繰り返していたのに、マオと出会ってから、すっぱりと見なくなった"夢"。

(どうして、よりによって)

 "ねね"の、忠告だったのかもしれない。
 自分の愛した人が愛しているのは、"ねね"なのだと。
 忘れないように。奪われないように。

(同じ魂のはずなのに、同じ人になれないなんて、不思議)

 マオがあれだけ心酔する、女性。
 "ねね"はきっと、全てにおいて魅力あふれる女性だったに違いない。
 平々凡々で特出すべきことなどない、私とは違って。

「……自信、かあ」

 タキさんの言葉を思い出す。
 なにか……たったひとつでいい。ひとつでも"自信"が持てれば、変わるのだろうか。

(けど)

 優しい人も、可愛い人も。慈悲深い人だって、たくさん出会ってきた。
 けして自分が彼らと同等だなんて思えない。私が、誰かに勝っているものなどない。
 なのにどうやって。この身にある"普通"を、"自信"に変えたらいいのだろう。

「茉優ー? 邪魔していいかー?」

 玄関から届いて声に、はっと思考を切る。
 マオの声だ。気付けば一階の畳は拭き終えている。考えながらのほうが捗る性質だ。

 私は急いでバケツに雑巾を入れて、玄関まで小走りで向かう。
 なんだがドサドサと、重い荷物を置く音がするような……?

「いやあ、遅くなって悪かったな、茉優。ひとまず今日の仕事は済んだから、この後は俺も動けるぞ」

 和服ではない、よく見るカジュアルな服装のマオの周囲には、雑多に詰められた箱やら大きなショルダーバッグが置かれている。

「お仕事で使ったものですか? 私も運びます」

 もしかしたら、この広すぎる離れを私の居候場所兼、仕事の物置に活用することになったのかもしれない。