「いいえ、これしきのこと」

 タキさんいわく、この家は狸絆さんの奥さんが使いやすいようにと、妖力を使わずに生活できるようにしてあるという。
 だから、家電も多いのだと。
 なんだか違和感を感じるなと思ったら、昨日のうちに家電も新しくしてくれたらしい。

「もう三十年も前のものでしたから、当然のことでございます」

 タキさんはなんてことでもないように言うけれど、申し訳ない。
 台所やお風呂場、設備などの説明を受けて、「では、実際にやってみましょうか」と簡単な昼食を作ってみることにした。

 お米を炊いて、冷蔵庫に詰めてもらっていた野菜やお肉を使って、具沢山の豚汁を。
 今日は人参、大根に白菜。ぶなしめじと、長ネギではなく玉ねぎを入れた。
 たっぷり入れると、トロッと甘くなって、香味野菜が苦手な子供でも食べやすくなる。

 祖母も、両親も。
 私の幼い頃から、そうして作ってくれていた。

 ダシ粉と、ちょっぴりのお醤油と味醂を加えて煮込む。
 味噌は風味を残したいから、煮込み終わってから最後に溶かすので、まだ待機。

 二人分よりも多い量を作っているのは、夕食もこのまま活用するつもりだからだ。
 タキさんには今後のことを踏まえて、見守るに徹してもらっている。
 ふと、煮込む合間に包丁とまな板を洗っている私を見ながら、

「茉優様は、手際が良いですね。……奥様はお料理が苦手な方でしたので、少々新鮮な気持ちにございます」

「奥様のお食事はどうされていたんですか?」

「私や世話人がお手伝いさせていただいたり、本邸から運ばせていただく時もありました。大旦那様がここに立つことも」

「え、大旦那様が!?」

「奥様と共に、楽しそうに奮闘されておりました。夫婦なのだから当然だろうと」

「……仲がよかったんですね」

「それは、もう。人間を嫁になどと反発していた者どもを綺麗さっぱり黙らせるほど、仲睦まじいご夫婦でございました」

 冷蔵庫から味噌の入る琺瑯を取り出しながら、タキさんは懐かしそうに瞳を細める。
 その目にはきっと、在りし日のお二人の姿がうつっているのだろう。
 私の知らない、大旦那様と奥様の姿が。

 ――"仲睦まじいご夫婦"。
 幸せそうに微笑み合う、沙雪さんと正純さんの姿が浮かんだ。

「申し訳ございません、茉優様。年寄りの思い出話にお付き合わせてしまいまして」