「パパだけあそびに来てるなんてズルい! ぼくも菜々ちゃんと遊びたいのに!」

「……そうね」

「あの、沙雪さん」

 今にも倒れそうなほど顔色の悪い沙雪さんを支えたまま、

「ごめんなさい、私……! 沙雪さんの気持ちを、一番大切にしないといけないのに」

「いいえ。これで、いいんです」

 沙雪さんは背をのばし、前を見据える。

「どちらにせよ、避けては通れないことでしたから。ちゃんと、向き合います」

「沙雪さん……」

 エレベーターの扉が開く。すると、廊下にひとりの男性が立っていた。
 正純さんだ。スーツのジャケットは脱いだシャツ姿で、腕はめくりあげている。

「パパ!」

 駆けだした風斗くんが、正純さんの胸に飛び込む。
 優し気な顔で受け止めた正純さんは、神妙な面持ちで私達を見遣った。

「沙雪……。それと、その人たちは……」

「……部屋の中にいれてもらえる? ここで話しては、近所迷惑よ。それとも……私が部屋に入っては、いけないの?」

「……っ!」

 苦悩の表情で、正純さんが目を閉じたその時。

「ちがうのよ! 沙雪!」

 勢いよく扉が開いて、菜々さんが飛び出してきた。
 裸足のまま、沙雪さんを抱きしめる。

「ごめん、ごめんね沙雪……! 私が馬鹿だった! こんな、考え無しなことをして……!」

「菜々……」

「違う、菜々さんは悪くないんだ、俺が、俺が沙雪に甘えすぎていたから、こんなことに……!」

「パパー? 菜々ちゃんも、ないてるの?」

 はっとした表情で顔を上げた菜々さんが、意を決したように沙雪さんから離れ、

「入って」

 ためらいを振り切るようにして、沙雪さんが上がる。
 続いて正純さんと風斗くんが。私たちも会釈して、上がらせてもらった。
 途端、鼻腔を掠める甘い香り。沙雪さんが「これは……」と足を止める。

 テレビ前に置かれた座卓には、鮮やかな画用紙とハサミやのり。
 床にころがる、金色のモール。そこには等間隔の空間をあけ、一字ずつ並んだ『HAPPY BIRTHDAY』の文字。
「あれ?」と発したのは風斗くんで、正純さんを見上げながら、

「りんごのシフォンケーキのにおいがする」

「!」