「最後にウエットティッシュで拭いて、お終いです。これならまたはみ出ちゃった時も、風斗くんが自分で綺麗にできますか?」

「うん! 自分でできる! じゃあまたかくね!」

 笑顔で再びお絵かきを始めた風斗くんが微笑ましい。
 立ち上がると、マオと沙雪さんが驚いたように目を丸めていた。

「牛乳で落ちるものなのですね……」

「机やフローリングといった表面がつるりとしたもの限定ですが。牛乳のたんぱく質などの脂質が、クレヨンの油分を吸収してくれるそうです。でもやっぱり水分が多いので、カーペットや壁でしたら、クレンジングオイルのほうが向いているかと」

「そうだったんですね。全然知りませんで……この机で風斗もご飯やおやつを食べるので、メイク落としより安心です」

「身近なものでも、思いもしない事実が隠れていることってありますよね」

「思いもしない、事実……」

 沙雪さんが目を伏せる。あれ、と過った刹那、

「さっそくお手柄だな、茉優。俺も覚えておかなきゃな」

「っ、はい。祖母のおかげですね。……って沙雪さん、お時間大丈夫ですか?」

 あ、と時計を確認した沙雪さんの表情から察するに、ギリギリだったのだろう。
 時刻は十七時半。よろしくお願いします、と後を任された私達は、ひとまず役割を分担することにした。
 私は夕食の支度を、マオは風斗くんの遊び相手を。

(ハンバーグは作ってくれているから、サラダとスープを追加しようかな)

 先ほど冷蔵庫を開けた時に見えた山盛りのハンバーグを思い出しながら、献立を考える。

(ハンバーグといえば……)

 ふと、先ほどの風斗くんの呟きを思い出した。

(もしかして、風斗くんはハンバーグが苦手……?)

 気づけばお絵かきを終え、今度はマオとジグソーパズルに挑戦中な風斗くんに声をかける。

「風斗くん、夜ご飯はお母さんが作ってくれたハンバーグに、サラダとお野菜スープにしようかなって思っているんですが、嫌いなモノってありますか?」

 風斗くんは難しい顔をして黙り込んでから、

「……ぼく、ハンバーグ、たべたくない」

「ハンバーグが嫌いなのか?」

 訊ねるマオに、風斗くんは「きらいじゃないけど……」とやはり顔の中心に皺を寄せながら、

「ハンバーグがすきなのは、パパだから」