アッシュブラウンに染められた髪は顎下で切りそろえられ、淡い水色のカットソーと、くるぶし丈のスカートが上品な女性。
 恐縮した話し方や私達への気遣いから、優しくおっとりとした印象を受ける。
 簡単に名前を告げると、沙雪さんは深々と頭を下げた。

「この度は私めのためにご足労いただきまして、ありがとうございます。若旦那様にも、ご迷惑をおかけして……」

「俺は仕事を受けて来たんだ。迷惑だなんて思っちゃいないさ。なあ、茉優」

「はい。精一杯、頑張らせていただきます」

(なんだか、"人間"にしか見えないなあ)

 半妖である朱角さんと違って、あやかしと交わったのが何代も前だからだろうか。
 見た目にも、雰囲気にも。沙雪さんにはこれといって特別な点は見当たらない。

 沙雪さんは夫と同じ品川で、別の会社の会計事務として勤めているという。
 お子さんがいるので時短勤務を活用しているのだと教えてくれた時、二階へ続く階段から、バタバタと男の子が駆け下りてきた。
 黒い髪に、目。男の子は車の絵柄が書かれた胸元をぴんと伸ばし、

「こんにちは! 磯島風斗《いそじまふうと》です!」

 元気よく挨拶をする風斗くんに、マオと名前を告げ挨拶を返す。
 と、風斗くんは待ちきれないといった風に足を上下させて、沙雪さんを見上げた。

「この人たちが一緒にあそんでくれるの?」

「ええ。けれど迷惑をかけては駄目よ。それと、ちゃんとご飯を食べて、歯磨きもすること」

「わかってるって! ぼく、さきにあっちいってる!」

 興奮した様子で走り去っていく背中を見送って、私たちも上がらせてもらうと、沙雪さんが声を潜めて言う。

「すでにお聞きかもしれませんが、私は曾祖母が雪女でして……。このことは、夫や子供には黙っておいていただきたいのですが……」

 つまりは、どちらも知らないということ。
 マオと視線を交わし、「かしこまりました」と頷く。

 今回の私達はあくまで、"ただの"家政婦だ。
 リビングに通された私達は、持参した鞄から黒いエプロンを取り出して身に着ける。
 風斗くんは待ちきれないようにして、食卓だろう机の上でお絵かきを初めた。画用紙に、クレヨンで色を重ねていく。