「マオさん、どうか私ではなく、朱角さんに気を配ってあげてください。突然、私のような無知な人間が生活圏に飛びこんできたんです。それでも"仕事"だからと耐えてくださっているのですから。お辛いはずです」

「っ、いくら茉優の頼みとはいえど、それは了承できない。茉優は優しすぎる。……前世の時から、そうだ」

 泣きそうな、苦しそうな顔をして、マオが私の両手をぎゅうと握りしめる。

「これから言うのは、"余計なこと"だ」

 赤い瞳が熱に染まる。

「誰かを救うためにと、茉優が傷を負わなくていいんだ。茉優が自身を制して、他者の幸せを願う必要などない。茉優、キミはもっと、自分を愛してくれ。そして愛されることを、受け入れてくれ。他の誰でもない。茉優は、幸せであるべきなのだから」

 マオが包み込んだ私の手を、そっと自身の口元に近づけた。
 私の手の甲に、掠めるようにして唇を落とす。

「俺はずっと、キミを幸せにしたかった」

「!」

 赤く輝く強い眼差しが、逃さないと私の心を射る。

「幸せであってくれ、茉優。そして願わくば、幸せに笑う姿を、一番近くで見せてくれ。もっと貪欲に、多くを望んでくれ。俺に……茉優を、守らせてくれ」

 祈るような彼の言葉ひとつひとつが、胸の内で花火のように弾けて、溶けた綿あめのごとくとろりと沁み込んでくる。
 苦しい。けれど、初めて知る……身体の芯が痺れるような、胸の閉塞感。

(錯覚してしまいそうになる)

 彼に望まれているのは、自分なのではないかと。
 本当に、マオは私を愛してくれるのではないかと。
 ふと、マオが自嘲気味に口角を上げた。

「言わずにおこうと思っていたんだがなあ。重いだろう?」

「……いえ」

 うれしいのに、かなしい。
 相反する感情が、同時に成り立つとは思わなかった。

「ありがとうございます、マオさん」

 拒絶もできず、受け止めることも出来ず。
 ただ、感謝を告げることしかできなかった私に、マオは一度俯いてから、「やっぱり茉優は優しいな」と微笑んだ。