「不要です。恩に報いたいとお考えなら、一秒でも早くお部屋にお戻りください。あなたに恩を尽くすよう命じているのは、大旦那様なのですから。俺達は命令に従っているに過ぎない」

「っ!」

 朱角さんは金の双眸を鋭く細め、

「大旦那様がお決めになった以上、"不要"と判断されるまで俺達は俺達の"仕事"をこなします。ですが一つ、心ばかりのアドバイスを差し上げるのなら、下手な情が移る前にさっさと縁を切るべきですよ。あなたには、何一つ"覚悟"がないのだから」

「――朱角!」

「!」

 声に、びくりと顔を向ける。
 と、夜の黒を背にして険しい顔で近寄ってくる、マオの姿が。

「茉優、平気か」

 朱角さんとの間に割り入り、心配げに眉根を寄せかがみこんでくれるマオ。
 私ははっと気が付いて、

「誤解です、マオさん。私がお仕事の邪魔をしてしまっただけで、朱角さんは何も――」

「逃げるのなら、取り返しのつかない事態に陥る前に逃げたほうがいいと教えたまでだ。心配せずとも、お前が隠したい"余計な事"は告げていないから安心しろ」

「朱角!」

 怒りの様相でマオが叫ぶ。
 けれども朱角さんは一切動じることなく、「仕事に戻る」と薄暗い廊下を歩いていってしまった。
 マオが忌々し気に額をおさえる。

「ったく、あの野郎」

「あの、マオさん。言い難いことでしたら結構なのですが、朱角さんのおっしゃってた"余計なこと"って……?」

「あー……そうだな」

 マオは苦笑交じりに庭へと視線を流し、

「腹ごなしがてら、少し歩かないか?」

***

 マオに連れられ、庭を歩く。
 周囲の民家とは距離があるからか、空も木々も、よく知るいつもの"夜"よりも深い藍色に染まっていている。

 ホー、と聞こえた独特なくぐもった声に、思わず興奮気味に「フクロウですか?」と訊ねれば、マオは噴き出すようにして笑って「ああ、フクロウだ」と答えてくれた。

「この辺りじゃさほど珍しくもないが、茉優は初めてか?」

「テレビや動画でなら、聞いたこともありますけど……自然の鳴き声を聞くのは初めてです」

「そうか。……今じゃ聞いたことのないほうが多いよな。ああ、足元、気を付けてな」

 当然のように差し出された掌に、少しだけ迷ってから手を乗せる。