「え? えと、どちらも好きですが、お刺身だとお米のないぶん、種類は多くいただけることが多いので……。お刺身のほうが好き、でしょうか」

「親父」

 端的に告げたマオの声は、なぜだか非難の色が濃い。
 それでも狸絆さんは「楽しいねえ」と、どこか噛み合っていない返答で。

「こんなに充実した食事の時間は久しぶりだよ」

 一連の流れをうまく把握できていないのだけれど、マオが「気にしないでくれ」と項垂れるようにしていうから、あまり追及はしないほうがいいみたい。

***

(けっきょく、食べすぎちゃった……)

 お手洗いに立った後、部屋と戻るべく薄暗い縁側を歩きながら、余裕のなくなったお腹をさする。
 浴衣とはいえ、帯で締めているはずなのにさほど息苦しくないのが不思議だ。
 帯の実力なのか、タキさんの腕がいいからなのか。そもそも知識のない私には、判断がつかない。

 判断がつかない、といえば、あやかしという存在についてもそうだ。
 私の知る物語の中では、畏怖の対象として書かれることが多い存在だけれど。
 こうして実際に会い、言葉を交わした誰も彼もが、優しくて良い人たちばかり。

(あたたかい場所)

 こんなにも賑やかで、楽しい夕食はいつぶりだろう。
 会社の飲み会に参加したことは何度もあるけれど、こんなにも居心地の良さを感じたことは一度だってなかった。

(けれど……勘違いしちゃ、だめ)

 浴衣に視線を落とす。マオが、私の……というより、前世の"ねね"を想って買いためていたもの。
 皆が優しいのは、私がマオの探していた"ねね"の生まれ変わりだから。

 けして、"私"が求められているわけじゃない。
 生活を共にすれば、すぐに"違う存在"だと気が付いて、追い出されるだろう。

(それまでに、少しでも役に立たなきゃ)

 無力な右手をくっと握りしめたその時、部屋から誰かが出てきた。
 朱角さんだ。左手に乗せたお盆の上に皿を数枚重ね、右手には酒瓶を持っている。

「朱角さん、私もお運びします……っ」

 早足で側により、どちらを渡されてもいいよう両手を差し出す。
 けれど朱角さんは即座に、

「結構です。手伝いは不要だと、先ほどもお伝えしたはずですが」

「ですが……こんなに良くしていただいて、ほんの一度運ぶくらい――」