「こちらの浴衣、坊ちゃまから茉優様への贈り物にございますよ。といいましても、坊ちゃまの息抜きの副産物のようなものですから、あまり大事に捉えずにいてくださって結構かと存じます」

「そんな……」

 戸惑う私に、タキさんは「さて」と鏡台の椅子を引き、

「えらく久しぶりにお嬢様を着飾れるとあって、このタキ、こうみえて浮かれているのですよ。茉優様がお嫌でなければ、私を助けると思ってタキの好きに着飾らせてくださいな」

 そんな言われ方をしたら、強く断るなど出来ない。
 結局、勧められるままに腰かけた鏡台で髪を整えられ、香りのいい化粧品で薄化粧を施され。見た目だけば立派な"お嬢様"が出来上がってしまった。
 それはもう、夕食の準備が整ったからと部屋に呼びに来てくれたマオが、私を一目みるなり廊下にうずくまり、

「茉優……っ、そんなに艶《あで》やかな姿になって、いったい俺をどうしたいんだ……! よし、今夜は俺と二人きりの食事に変えてもらおうな。それで、俺に何をしてほしい? モノでも行動でも、茉優がねだってくれるのならなんだって叶えてみせるぞ?」

「あの、いえ、そうではなくてですね……っ!」

 先ほどまでの泣き顔はどこへやら。
 物語の王子さながら、きりっとした顔でキラキラと顔を輝かせたマオに両手をとられ、戸惑っていると、

「茉優様がお綺麗なのは元よりのことでございます。それから、茉優様はタキめのお遊びにお付き合いくださっただけにございますので、なにも坊ちゃまにおねだりをするためではありません。茉優様の謙虚さは、坊ちゃまのほうがご存じでしょう」

「そりゃあな。けれど愛い相手のこんなに愛らしい姿を見せられたら、何かしてやりたくなるだろう? それに、他に見せたくはないと考えるのだって、当然の男心だと思うんだが」

「お気持ちは分かりますが、坊ちゃまの"我儘"にて茉優様の自由を制限なさるのは、反対にございます。今後とも茉優様を他者にいっさい会わせぬおつもりですか? それとも、茉優様が見目を整えるのを制限なさるおつもりで?」

「わーかった、わかった。このまま茉優を連れていく。ったく、タキは相変わらず手厳しいな……」

「坊ちゃまが道を誤らぬよう、戒めるのも私めの仕事のひとつでございます」

 しずしずと低頭するタキさんが、「いってらっしゃいませ」と告げる。