この後に他のアポイントは入れていないけれど、せめてどこに向かっているのかは知っておきたい。
 こちら持ちだからと高級店に連れていかれても困るし、あまり遠くに連れ出されても帰りの代金が心配になってしまう。

「あ、あの、片原さん」

 発した声に察してくれたのか、片原さんは「ああ」と気づいたように横目でちらりと私を見て、

「大丈夫。もう少しだよ」

 雰囲気的にそれ以上は追及できなくて、ともかく行けばわかるかと目的地への到着を待つ。
 ほどなくして、車は民家の立ち並ぶ路地へ。さらに進んで、看板も出ていない古びた雑居ビルの地下駐車場に入っていく。

(こんなところにカフェが……?)

 それともここで車を降りて、歩くのだろうか。薄暗い空間に置かれた車はまばらで、人の気配はない。
 片原さんが車を止めたのは、その中でも壁を背にした奥の角。
 それもよくよく見てみれば、壁と私側のドアの間は数センチしかあいていないような……?

「片原さん。すみません、これだとちょっと出れそうにないのですが……」

 この状態でドアを開けようものなら、確実に扉に傷をつけてしまう。
 シートベルトはそのままに片原さんを振り返った刹那、

「茉優ちゃん」

 ガシリと掴まれた右手。
 寄せられた上体に、思わず身体をのけ反らせる。

「か、片原さん? 一体どうし――」

「俺の彼女とか、どう?」

「…………はい?」

(いま、彼女って聞こえたような?)

 彼女? 彼女。
 彼女というのはつまり……お付き合いをしている、恋人のこと。

(あ、わかった。彼女さんを私に紹介したいって話ね)

 保険というのは、将来のもしものための大切な備え。
 大事な彼女さんの"もしも"を考えて、つい熱くなってしまったのだろう。

(だから"保険の見直しをしたい"って、今日の呼び出しを)

 あまりに早い相談にも、これで納得がいった。
 それならそうと初めから相談してくれればと思わないでもないが、大切な人も私に担当してほしいと考えてもらえたのは、素直に嬉しい。
 警戒を解いた私は納得の心地で微笑み、

「大切な彼女さまをご紹介いただけるなんて、とても嬉しいです。ご安心ください。私が責任を持って、ご希望に沿った最良のプランをご提示させていただきます」