「――駄目じゃないか、マオ」

 化け狸がわらう。
 惑《かど》わし、謀《たばか》る唇を惜しみなく吊り上げ、深く曇りのない欲でその目を艶《つや》やかに色づかせる。

「欲しいのなら、ちゃんと"準備"をしておかなくては。機は自分で作らないと、いくら尽くしたって逃げられてしまうよ」

 執着が強く、欲深く。
 いかなる理由があろうと、己の"獲物"は手に入れなければ気が済まない。それが、あやかしの本分だ。

 俺だって、変わりない。
 親父のように生まれながらの純粋なあやかしではなく、猫から猫又へと変化した後化けのそれであったとしても、あやかしであることに変わりはないのだ。

 それでも"猫かぶり"が得意なのは、前世の、人間として生きていた記憶が残っているからだろう。
 逃してやりたい。記憶がないのなら、なおさら。
 理性はそう祈り続けているのに、抗えない本能が、逃してなどやれないと渇望に喉をやく。

「……俺があやかしとして生まれてしまったのは、前世で茉優を守れなかった罰なのかもしれないな」

「あやかしであったからこそ、彼女と再会できたのかもしれないよ。少なくとも、今回の件に関しては、マオがあやかしだったからこそ守れたのだからね」

「……だな」

 マオ、と。親父は慈しむような顔で言う。

「上手くやりなさい。彼女が欲しいのは事実だけれど、それ以上に、私たちはお前の幸せを願っているのだから」

 さて、この狸の本意は、いったいどこに向いているのだろうか。
 茉優に? 俺に? いや、考える必要もないだろう。
 あやかしとは、強欲なものだから。

「恩に着るよ、親父」

 告げた俺は確認するまでもなく、あやかしの顔でわらっていただろう。