「大旦那様がお望みならば、あらゆる手段を尽くしましょう。必要とあれば、この身もあの者に差し出します」

「おい、ぜったい茉優に必要以上に近づくなよ!」

 ダン! と勢いに机を叩いてしまったのは、仕方ないだろう。
 冗談じゃない。いや、冗談ですら許せない。
 茉優に言い寄る男なんて、例外なくその目を潰してやりたくなる。

 通常のあやかしが相手ならば、この俺の放つ殺気で怯えたに違いない。
 だが腹立たしいことに、長い時を共に過ごしてきた朱角は、とっくに慣れている。
 朱角自身が、上位級のあやかしの血を持っているせいでもあるが。

「お前がつつがなくあの者を"嫁"にできれば、済む話だ。俺とて大旦那様のご命令でなければ、他者に媚びるなど死んでも御免だ」

「茉優さんにも"好み"があるだろうしねえ。前世の記憶がないのだから、必ずしもマオを選ぶとも限らないし」

「……万が一にも逃したくはないから、"家政婦派遣サービス"か?」

 核心をついたのだろう。親父が笑みを深める。
 今世ではただの野良猫に生まれたのが、おおよそ百年前。
 前世の記憶を頼りに彷徨い続けて、気づけば猫又となっていたのが、たしか五十年ほど前。

 あやかし事情など知らず、思うままに日本中を闊歩していた俺の前に、親父が現れたのもその頃だ。

『面白いことをしているね。よければ、手助けしようか』

 今ならわかる。親父にとって、あの頃の俺はうってつけの"運び屋"だったのだと。
 けれどもそれと同じだけ、理解している。
 あのまま一人で彷徨い続けていたら、俺は茉優と出会えないまま、野垂れ死んでいたのだと。

 ただの手伝いから"息子"となって、早三十年。
 そろそろ親父の性質を理解したと思っていたが。

「そんな事業をはじめるつもりだったなんて、一度たりとも聞いたことないぞ」

 俺達"あやかし"では対処しきれない依頼者がじわじわと増えているのは、知っていた。
 だがあの紙はあきらかに、"茉優のために"作られたものだった。

 勤務先の聞き取り用紙だって、急ごしらえで作られたものではない。
 まだ見ぬ茉優の状況など知る由もないはずなのに、親父は随分と前から、朱角にこの"切り札"を用意させている。