「なるほどな。最初からこれが狙いだったのか。タヌキめ」

「嫌だな。全ては偶然による結果だよ」

 狸絆さんはどこか楽し気な笑みのまま、

「茉優さんは、掃除や料理は得意かな?」

「え? あ……人並みには、出来ると思います」

「充分だ。先ほどの畳の水濡れも、手慣れていたしね。実は、近頃新しい事業に手を出してみようと考えていたんだがね、なかなか適任者が見つからなくて困っていたんだ。よければ、手を貸してくれないかい?」

 ぱんぱん、と。狸絆さんが軽く手を叩くと、「失礼します」と若い男性の声がした。
 見れば庭を望めるほうの開いた襖側の廊下に、片膝をついた男性。小脇には黒いバインダーを抱えている。

 腰丈ほどの鮮やかな赤髪を背後ろで束ね、シャツにベスト、ネクタイにアームバンドといった、執事のような装いをしている。

 二十歳前後に見える顔立ちは、中性的な美しさを纏っていて。立ち上がるとその手足のしなやかさが際立つ。
 すっと顔を上げた彼の、金の瞳がかち合った。

「紹介するね、茉優さん。私の仕事や身の回りにおいて一番に世話になっている、朱角《あけすみ》だ」

 赤い頭がぺこりと揺れる。
 表情は先ほどから引き締まったまま、一度も変わらない。

「大旦那様のサポートをさせていただいております、朱角と申します。以後、お見知りおきを」

「あ……白菊茉優です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 頭を下げた私に彼は軽く会釈すると、「こちらを」と束ねた用紙を差し出した。
 目礼して受け取ったそれに、視線を落とす。

「……あやかしの血族向け、家政婦派遣サービス?」

 幼児向けアニメのタイトルさながらのポップな書体で書かれた文字と、二重丸やら、格子状の四角くやら、音符のような記号が並んでいる。
 すると、ひょいと隣からマオが用紙を覗き込んできて、

「出たな……朱角の脱力系企画書。今度はいったいどんな暗号を描いたんだ?」

 とたん、朱角さんはピクリと片眉を跳ね上げ。

「ぬかせ、自分の読解力のなさを俺の技量力に転嫁するな。どうみても目玉焼き、洗濯かご、おたまだろうが」

(記号じゃなかったんだ!?)

 どうやら朱角さんは、マオ相手には砕けた口調になるらしい。