静かに聞いていたマオが、「だから」と呆れたように口を開く。

「それはあくまで親父の願望だろ。何度も話したが、俺は茉優を、俺達の事情に縛り付けるつもりはない」

 マオは私に、安心させるような笑みを向け、

「仕事は俺だけでも充分回せる。親父の立ち位置に俺がつくってだけで、他の仲間もいるワケだしな。だから茉優には無理してこちらの……あやかしの事情に付き合ってもう必要はないんだ。俺は茉優と一緒にいれれば、それでいい。婚姻を結んで夫婦になったとしても、茉優は茉優の選んだ生活をしてほしいと思っている。茉優には、幸せでいてほしい」

「マオさん……」

 これは彼の気遣いなのだろう。伝わる心が温かい。
 けれど本当に、いいのだろうか。狸絆さんは……この家は後継者となるマオを共に支える"嫁"を欲しているのに、その願いを全て蹴散らして。
 自分だけが"幸せ"であろうと、マオに全て背負わせてしまうのは。

(って、なにを結婚前提で考えているの私……!)

 これこそ雰囲気に流されたということだろう。
 私は胸中で両頬を叩いて、やはり別の方を嫁として迎えるべきだと告げようとした、刹那。

「さて、互いの腹の内も知れたことだし、ここで私から提案があるのだけれど」

 にこりと笑んだ狸絆さんに言葉を飲み込むと、彼はゆるりと机に両肘を乗せ、

「なにごとも、知らねば選べもしないだろう? ということで、どうだろう。茉優さんには暫く生活を共にしてもらって、私たちのことをより知ってもらうというのは」

「……はい?」

(いま、生活を共にするとか聞こえたような?)

「親父、それはさすがに……!」

 勢いよく立ち上がろうとしたマオが、膝頭を机にぶつけて「いっ!?」と悲鳴を上げる。

「マオさん、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……かっこわり……って、じゃなくてな、親父。うまい口車に乗せて茉優を囲おうだなんて、絶対にさせないからな!」

「おや、とんだ冤罪だなあ。私も現世生活が長いからね。予想が正しければ……茉優さん、例の不届き者と別れたあと、通信機器は確認したかい?」

「通信機器……いえ」

 そういえば、片原さんに会うからと、スマホは消音モードにしてそのままだった。

「確認してみてはどうかな」

「っ、失礼します」

 嫌な予感に、私は慌てて鞄からスマホを取り出す。と、