目が逸らせない。かすかな息苦しさを覚えるのは、心臓が強く胸を叩きすぎるからだろうか。
 マオは「茉優」と優しく両目を緩め、空いた右手でそっと私の頬に触れると、

「だからまずは、茉優の願いを叶えないてやらないとな」

「………え?」

 ボフン! と既視感のある白煙。
 立ち上がったのは、マオのいた場所。

「さ、撫でるなり抱きしめるなり、好きにしてくれ!」

 煙が薄れ、嬉々とした声と共に現れたのは。

「……あれ?」

 ぴんと上を向いた三角の耳。しなやかな体躯は狸のそれとは違い、赤い目もまた、彼の養父のようにつぶらなまん丸ではなく、目尻がくっと上がっている。

「……マオさんは、化け猫さんだったのですか?」

「正確には、猫又だな。ホラ、尻尾が二つあるだろ」

 示すようにして振られた細長い尻尾は、確かに二本ある。
 猫又。猫のあやかし。

(だから、たくさんの猫ちゃんを……)

「ほら、いつでもいいぞ。それとも、猫は嫌いか?」

「いいえ。猫は好きですが……」

 撫でられ待ちをしてくれているのは分かるし、正直、とても撫でたいのだけれど。
 どうしてか、狸絆さんの時よりも人間姿のマオの影がちらついて、どうにも緊張が勝ってしまう。

「まったく、わかっていないねえ」

 やれやれといった風にして、狸絆さんが首を振る。

「いいかい? 茉優さんはそもそも、私を撫でたがっていた。癒しのもふもふを所望していたってことだよ。マオの毛並みでは、もふとは程遠いからねえ。つまり、今この場で茉優さんの願いを叶えられるのは、この私しかいないってことになる」

 えへんと胸を張った狸絆さんが、「ということで、そこを退いてくれ」と短い前脚をちょいちょいと振る。
 と、マオは「な……っ!」と尻尾をピンとたて、明らかなショックを受けた顔で私を振り返り、

「そうなのか茉優!? 求めているのはモフなのか!? いやだが俺の毛並みも高級毛布さながらの艶やかさのはずで! そ、それに尻尾なら! もふみも少しはあるだろう!?」

(もふみ……)

「嘆かわしい。愛しい女性に我慢を強いるのかい? そのような鬼畜に育てた覚えはないのだがね」

「よくもまあいけしゃあしゃあと……! そのそも息子の好いた相手に撫でられようって方がおかしいだろ!」