(せっかく優しくしてくれたのに、がっかりさせちゃうの、申し訳ないな……)

 だからって、無責任な嘘はつけない。
 タキさんに通されたのは、長い縁側の突き当りに位置する、青々とした雄大な庭が望める一室だった。

 私の部屋よりも広い和室。中央には畳のような一枚板の座卓があって、床の間には『商売繫盛』の掛け軸が。
 軒の下の狸といい、マオの家はなにか商売を営んでいるのかもしれない。

「こちらでお待ちくださいませ」

 タキさんの言葉に、私は上座のルールを思い起こしながら、床の間から一番離れた席へと向かった。
 開かれた障子から見える美しい庭を、背にする形だ。
 と、すかさずタキさんが、

「床の間側をお使いくださいませ」

「え? ですがこちらは……」

「お待ちの間、大旦那様ご自慢の庭を楽しんでいてほしいとのことです」

 誰からの言伝かなんて、野暮なこと。

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

 ぺこりと頭を下げてから、掛け軸側を空けて腰を下ろす。さすがにこちらは、マオに座ってもらいたい。

 タキさんは「お茶をお持ちいたします」と会釈すると、障子を閉めて、足音を立てずに去っていった。

 正面は障子だけではなく、縁側のガラス戸も開けているらしい。夕陽を反射した若々しい草木の香りが、ときおり鼻腔を掠める。
 ふ、と。薄く緊張の息を吐きだした。
 親父のほうが嫁として迎えようとしてくるから気を付けろと言ってた、マオの言葉を思い出す。

(本当に、楽しみにしてくれてたんだ)

 だというのに。
 現れたのが嫁になるどころか、どう言い訳をするかばかり考えている可愛げのない女で、申し訳ない。

「――少し、失礼するね」

「!」

 突然の声に、跳ねるようにして顔を上げる。
 見れば外から縁側に上がってくる、男性がひとり。黒交じりの灰色の髪を軽く流し、茶色の着物にグレーの羽織を重ねている。
 歳はタキさんよりも若い。五十後半から六十くらいだろうか。

「よっと」と立ち上がったその人の手元には、竹筒の花瓶と、そこに活けられた、白く小さな花弁の連なる房が美しい花。
 男性はにこりと優し気に目元を緩めると、

「飾らせてもらってもいいかな?」

「へ? あ、どうぞ!」