知らずと下がっていた視線を上げると、彼は天井を仰いでいた。なぜ。

「マオさん……?」

(も、もしかして、やっぱり気分を悪くさせてしまった……!?)

 急ぎ謝罪を口にしようとした刹那、

「茉優」

 がしりと両手が包まれ、マオが腰をかがめて視線を合わせてくる。

(え、ちょっと、顔が近……っ)

「さいっこーに男前になってくっから、ちょっとだけ待っててな。親父のことは、適当にあしらっておけばいいから」

「へ? あ、はい」

「さっそく寂しい思いをさせちまってごめんな。けれど茉優が、こんなにも嬉しいおねだりをしてくれたのだから、全力で応えるべきだと思うんだ。だから」

 行ってくる、と。
 耳の後ろでちゅっと音を響かせて、離れたマオが廊下を駆け足で進んで行く。

(……い、いま)

 咄嗟にばっと耳後ろを手で覆う。
 触れてはいない。音だけの"フリ"だった。
 だけど、だけど。
 縮まった距離も、掠めたかおりも。ぜんぶ、ぜんぶ本物だった。

(し、心臓がいたい……!)

「先ほど再会なされたばかりだというのに、さっそく坊ちゃまの手綱を握られていらっしゃるとは。さすがにございます、茉優様」

「いえ! 偉そうに出しゃばってしまってすみませんでした」

「出しゃばるなど。坊ちゃまは嫌だと言ったら頑固なものですから、助かりました」

(……優しいな)

 気遣いと、にこりと笑んでくれた目尻に、祖母の顔がちらついて和んでしまう。

(って、あれ?)

 聞き間違えじゃなければ、いま。

「"再会"って……タキさんも、私達の"前世"をご存じなのですか?」

 先導するタキさんの後を歩きながら訊ねると、タキさんは「ええ」と少しだけ私を振り返り、

「この屋敷の者は皆、坊ちゃまが以前の世で縁を繋いだお方を探されているのだと、存じております。ですが仔細まではき聞き及んでおりませんゆえ、ご安心くださいませ」

「あ、いえ……」

(安心もなにも、前世のことなんてこれっぽっちも覚えてないのだけれど……)

 ともかくタキさんをはじめとするこの家の人たちは、皆、私が"マオの嫁"なのだと信じてくれているということ。
 おそらくそれは、"大旦那様"も。