ぴしゃりと名を呼んで見せるタキさんと、引く気はないと凄んでみせるマオの睨み合い。
 二人からすれば、よくあることなのだろうか。とはいえ今は、"大旦那様"を待たせているはず。

「あ、あの……マオさん」

 うっかり雷光がみえるせめぎ合いが、私の情けない声にふと緩む。
 私はマオを見上げながら、

「お着替え、行ってらしてください。私でしたら、大丈夫ですから」

「いいや、俺が茉優を置いて行きたくないんだ。屋敷に連れ込まれたってだけでも不安だろうってのに、これ以上の負担はかけたくない。……そうだ。茉優も一緒に俺の部屋に来たらいいんじゃないか? それがいい! すぐに気付けないなんて、思ってた以上に俺も緊張しているみたいだな。さ、行くか茉優」

「へ!? ちょっと、マオさん待ってくだ――」

「なりません」

 手を引かれた私とマオの間に立ち、タキさんがぴしゃりと言い放つ。

「大旦那様のご許可を得るまでは、茉優様は"外の者"にございます。私的な部屋に入れるなど、言語道断。坊ちゃまもご存じでしょう」

「茉優については俺が全ての責任を持つ。決まりごとに囚われていてはいけないと教えてくれたのも、親父だろ」

「マオさん」

 このままでは堂々巡りになってしまう。
 私はちょいちょいとマオの袖口を引いて、意識を向けてもらってから、口を開く。

「私も、お着替えをされたマオさんを見てみたいです」

「……そ、そうか?」

「はい。それに、マオさんのお父様に初対面から悪い印象を持たれるのはちょっと……。あんな礼儀知らずはやめておけって、今後一切会えなくなってしまうかもしれませんよ?」

(うう、言っててはずかしい……!)

 こんな、まるで私を好いてくれてるのを前提に手玉にとっているような言い回し、自分に自信のある女性の特権だと思っていたのに。

(でも、この場をおさめるにはこれしか思い浮かばないし……!)

 どうしよう。出会ってまだ数時間なのに、嫁になる気もないくせにつけ上げるなって思われないかな。
 タキさんにだって、愛らしくもなければ美しくもないくせに、勘違いもいいところだって呆れらたり……。

 刹那、「あ~~~~」と間延びした声。マオのものだ。